先輩と後輩


 ある暑い夏の出来事だった。

 夏は暑いのは当然だろうし、今年は地球温暖化のせいで過去最高の暑さだとか聞くけど、

とにかく単に暑いとしか感じられない。それはそれで幸せなのかもしれない。

 俺の通う高校は夏休みに入った。それでも学校に来なければならなかったのは、

受験のための補習を受けるためだった。クラブ推進校だとはいえ、やはり良い大学に生徒を送って

多くの新入生を抱えたいのだろう。どこも一緒だな……などと考えつつも、一応勉強はしている。

大学に進んでも、将来何をしたいか考えてなければ同じことの繰り返しなのに……

 

 いつのまにか補習は終わっていた。「いつのまにか」というのは、俺が居眠りをしてたと

いうことだ。外の暑さに対して、校舎内はエアコンが効いているので涼しい温度に保たれている。

加えて先生の長ったらしい講義とくれば……眠らずにいられようか。実際、俺以外にも眠ってた

生徒は何人かいるみたいだけど。

 さて、これからどうするかな……ゲーセンに行って、はまってるゲームをやるのもいいが、

今は汗かきたくない気分じゃないし。かといって家に帰ってもすることはない、寝るだけだ。

クラブを辞めてからは本当にすることは、遊ぶ・食べる・寝るだけになってしまった。

あ、勉強するもあったな、ほんのちょっとだけ。

 そうか、クラブやってたころは楽しかったんだな……夏休みに入るまで、俺はバンドクラブに

所属していた。部のメンバーと曲を演奏するのが活動で、部員は10人程度だが(それでも

俺が入部した時より増えた方だ)、その分お互いのことを良く知りえたので笑ってやっていた。

しかし受験のために3年生は部活を辞めざるをえなくなる。そして俺も3年だから……

 クラブのことを考えてたら、久しぶりに後輩の顔が見たくなった。ちょっと部室を覗いて

みるかな。俺は鞄を持って席を立った。しかし今日部活やってるのか?

 

 部室は運動場の隅っこに、プレハブ小屋のようなのが建っているものだ。昔は扇風機しかなく

暑いものだったが、部員が増えたこともあってようやく小さいエアコンを取り付けることが

できたんだよな。俺が部活を辞める直前に……

 ちょっと恨めしいことを思い出しながら、暑い運動場を横切って部室へ近づく。

演奏してるならもう音が聞こえてくるはずだが、今は聞こえてこない。今日は部活がないのか、

無駄足だったな……

 いや、部室の戸はちょっと開いてるぞ、誰か来ているのか?それとも鍵の閉め忘れか。

楽器は高いものだから、盗難に気をつけなきゃならないからな。もう辞めたというのに無性に

気になって、小走りに小屋の方へ向かった。扉が目の前に見えてくる、やはり隙間が開いている。

俺は戸に手をかけ、開きながら中を覗いた。

「誰か、いるのか?」

 ガタッ!

 照明もつけてない薄暗い部室の中で、人影が驚いて何かにぶつけた音がした。本当に泥棒かと

一瞬身構えたが、よく見れば見慣れた人物だった。

藍子

「……山藤、か」

「お、おどかさないでよ……」

 青みがかったロングヘアーの、俺より1つ下の2年の女子生徒。山藤藍子――

「やまふじあいこ」じゃなくて「さんとうあいす」と読む。初めの頃は何度間違えて

訂正させられたことか――とにかく彼女は、ここバンドクラブの部員だ。ならここにいても

おかしくはないが、1人でこそこそやっているというのは変だ。

「勝手に驚いてるだけだろ、何やってんだよ」

「え……ちょ、ちょっと探し物をね……テツこそ、何しに来たの?」

 年下なのに俺のことを呼び捨てにする。別に付き合ってるとか弱みを握られてるとかではなく、

彼女は親しい人物は名前で呼びたがるようだ。本当は、「テツ先輩」と呼ばれていたのだが、

それは俺の方が先輩と呼ばれたくなかったのでやめてもらった。別に先輩と呼ばれるほどのこと

教えてやったりしたわけでもないしな……

「別に、様子見にきただけ。今日は部活はないのか」

「うん」

 返事もそこそこに、山藤はまた何かを探してその辺の棚をあさりだす。前に部活があったときに

忘れていったものなのだろうか?気になるのもあり、放っておくわけにもいかない性分でもあり、

俺は近くの机に鞄を置いた。

「俺も探してやるよ、何だ?」

「え……い、いいわよ、そんな対したもんじゃないし」

 慌てて断りを入れられる。なんか隠してるな……人に見つかっちゃマズイものなのか?

そんなもんこんなところに持ってくるのも無用心だと思うのだが。いずれにせよ、ここで帰るのも

しゃくなので、俺は俺でそれらしいものを勝手に探し始めることにした。

「……もう、いいって言ってるのに……」

 俺の行動を横目で見て呆れたように言う山藤だが、俺を止めることも自分の手を止めることも

しなかった。やっぱり大事なものなんじゃないのか?そういう疑問を浮かべつつも、暇つぶしには

なるだろうと懐かしい部室の中で「何か」を探すことにした。


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