仕掛と失敗


 バンドクラブの部室へ向かう間、3人は無言のままだった。校舎の方に行かなかったのは、

警備員に見つかる恐れがあったからだ(さっき降りてきた時に遭わなかったのは運が良かったが)。

部室へ向かうグラウンドは一面水浸しだが、全員足元は泥だらけなので今更気にすることでも

なかった。やがて、部室が近づいてくる。

「ちょっと雨が強くなった気がする……な?」

 沈黙に耐えかねて俺は一言言ってみたが、2人とも喋らず。俺が耐えられなかったのは

沈黙ではなく、2人のギスギスした感じだろう。大した証拠もないのに疑う山藤も山藤だが、

あおいちゃんも違うのならはっきりと言ってくれればいいのに。あれじゃ嘘を隠そうと

してるように見えるだけじゃ……

 部室の前まで来た。プレハブ小屋のようなものとはいえ庇(ひさし)はあるので雨はしのげる。

山藤が部室の鍵を開ける間、雨をしのぎながら傘を畳んで待つ。鍵が開いた。

「あおいさん――部室の明かりつけてくれる?」

 今度は自分の傘を畳みながら山藤は、俺より扉に近かったあおいちゃんに頼んだ。

あおいちゃんは軽くうなずいた後、扉を開けて暗い部室の中に入っていく。そういえば

この部室の照明スイッチ、ブレーカーと一体になっているもので、無駄な電力を消費しなくて

済むが、部員が肩をぶつけるなどした拍子でスイッチ切れたら、アンプやらキーボードやら

止まってしまうからって、丁寧にも蓋をつけたんだよな。ぱっと見でもスイッチと気づきにくい上

暗いんじゃ手探りでもわからないんじゃ……と俺が入ろうとした矢先、部室に明かりが付いた。

「……え……」

 思わず声を漏らしてしまった。時間的には探すまもなくスイッチを付けたという感じだった。

初めてこの部室に入ったはずのあおいちゃんが。山藤を見れば、やっぱり、という表情をし、

俺を一瞥してから部室に入った。俺も慌てて続く。

 部室は荒らされる前……俺と山藤が散らかす前の状態に戻っていた。テーブルや椅子も、

本棚・楽器棚も、そこに置かれている楽器も――多少傷は入っているようだが、壊れている

ようには見えなかった。そして人が一人……あおいちゃんが立っていた。スイッチを入れたままの

手の形で固まったようになっている。どうやら彼女も「失敗」に気づいたようだ……

「見事に引っかかったわね、知らないはずのスイッチを付けるなんて」

あおい & 藍子

 山藤が勝ち誇ったように……というほどでもないが、腰に手を当ててあおいちゃんを

見据えている。あおいちゃんがこの部室に入ったことがあるということが明かされたのだ。

彼女がこんな場所に来る理由は……1つしかない。

「……言い逃れはできませんね……」

 ゆっくりと腕を下ろす。少し雨水が髪にかかっていたのが、ポトリと落ちた。気づけば俺たちは

汚れたまま部室に入ったので、床は汚れっぱなしだ。後で掃除しておかないとまた泥棒が

入ったとか誤解されそうだな……なんて今考えることではないのだが。

「じゃあ、やっぱりあおいちゃんが……」

 「やっぱり」というと初めから疑ってたように聞こえるが、枕詞みたくなってしまっているのは

(日本人の)悪い癖かも。ともかく、彼女が部室を荒らして、石を盗んだ犯人だというのは

間違いないようだ。だが……白衣側ならともかく、俺たちの味方のはずの彼女が石を盗む

必要があったのだろうか?

「あの石を使えば、白衣たちより早く隕石を見つけられるってことじゃないのか?

 それならそういってくれれば貸してたのに……」

「改造してたんでしょ、白衣たちを阻止するとか言って、本当はあいつらとグルだったなんてね」

 山藤はもう呆れたという口調で言い捨てる。石を改造したと言ったのはあおいちゃんだったが、

隕石の落ち方を見て本当だろう。しかし白衣の仲間だとしても、わざわざあおいちゃんに

盗ませることはないと思うが……白衣の誰かが盗めば警察に目をつけられるのは明らかだし、

生徒の彼女ならいつでも盗む機会を見つけられるからか?と思ったのだが……

「違います!」

 今までで一番大きな声であおいちゃんが叫んだので、俺も山藤もあっけに取られる。

あおいちゃん自信も大きすぎたと思ったのかすぐに口をつぐんだ。しばらく雨の音だけが

聞こえる……扉が開けっ放しなことに気づいて、俺は扉を閉めた。雨音が少し遠ざかる。

「それは……違います……」

 次にあおいちゃんが発した言葉は、いつもよりも弱々しく聞こえた。むしろ今にも

泣き出しそうといった感じだった。俺たちを騙していたのだったら許せるものではないが、

まるで俺たちが泣かしたような気にもなってきて気まずい……

「……と、とりあえずさ、椅子にでも座って……落ち着いてから話してくれよ、な?」

 慰めるようにあおいちゃんに語りかける。山藤は黙っていたが、先に椅子に座った。

あおいちゃんはゆっくり顔を上げると(まだ泣いてはなかったのでホッとした)、

とぼとぼと歩いて近くの椅子へ向かい、そして座る。それを確認してから、俺も椅子に座った。


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