絶望と希望


「それ……隕石を……」

 今までと口調の違うあおいちゃんに驚き、口をわななかせてつぶやく山藤。彼女が想像

してる通りのものを、あおいちゃんが持っているのだろう。衛星に信号を飛ばし、

隕石を落とす命令を出すコントローラーを。

「父が研究所に石を置いてくるまで、あなたたちにはじっとしていてもらいます……」

 俺たちが止めにいこうとすれば、今すぐここに隕石を落とすと脅しをかけているのだ。

隕石を誘導する石はここにもあるので、間違いなくこの建物に落とせるだろう。

俺や山藤もただでは済まない。だがそれはあおいちゃんも同じなのでは。

「君も……死ぬつもりなのか?」

 命乞いのためになんとかやめさせる、というのではなく、なぜか自分たちはたいした

怪我もなく、逆にあおいちゃんの方が大怪我を負うビジョンが頭に浮かんだ。

彼女は悪いことをしているが、そんな終わり方は嫌だし、なんとか救ってやりたい。

俺はなんとかなだめようとしたのだが。

「正輝も、死んでるのと同じです……あの子の苦しみ、背負うのなんて辛くない……」

 辛くない、といいながらも、彼女の目から一筋、頬をつたう。雨が降っていなかったら、

あごの先から落ちた雫の音が聞こえていたかもしれない。

「弟さんだって……お姉さんがそんなことしたって喜ばないわよ?!」

 山藤もなんとか考えを変えようと言葉を練ったが、探偵マンガで犯人に対する探偵の言葉の

ように聞こえるようなものだった。これであおいちゃんが止めてくれれば世話はないのだが、

そう簡単なものでもなく。

「じゃあ……もしあなたの好きな人が正輝のようにされたとしたら……冷静でいられますか……」

 俺と山藤は思わず顔を見合わせる(俺にも妹がいるのだが、そっちを差し置いたのは

悪い気もするけど)。ちょっと前まではどう思うかわからなかったが、今考えれば、

俺もあおいちゃんや三樹男さんのようになっていたかもしれない。山藤は喜怒哀楽の

はっきりした娘だ、そんな娘が二度と笑いも怒りもできなくなり、ずっと眠りつづけるなんて

……耐えられない。そう共感してしまっては、俺はもうあおいちゃんを止めることは

出来ない気がしてきた。

「……私は、あなたとは違う。」

 だが山藤は――首を横に降った。てっきり俺と同じ考えをもってくれてると思っていたのが

少し裏切られた気もした……けれど、彼女の心からの想いだ。

「その人が眠りつづけても、私はずっとそばにいて待ちつづける。いつか目を覚まして

 くれると信じるから……」

 それが彼女の答えだった。復讐なんてせず、ただ看病しつづけると……どちらが彼女らにとって

慰めになるかはその人次第だが、被害者にとっては(意識不明とはいえ)ずっとそばにいてくれた

方が嬉しいだろうし、身近な人が声をかけることで意識を取り戻すかもしれない。でもそれは

「意識を取り戻した件」があっての話だが。

「今からでも遅くないよ、あなたもそうしてあげよう、ね?」

 山藤はその場を動かず、あおいちゃん自ら諦めてくれることを願って語りつづける。

一方のあおいちゃんは表情に戸惑いを隠さずにいられない。

あおい & 藍子

「で、でも……でも……」

「あおいちゃんまでいなくなったら、残された三樹男さんはどうなるんだよ」

 俺も精一杯の言葉で彼女をたしなめようとした。

「自分の復讐のせいで、また愛する者の犠牲を生むなんて……それこそ悲劇じゃないか」

 復讐からはさらなる悲劇を生むだけだ、この言葉は誰かがいっていたと思うが、

今初めてその意味がわかった気がした。もうこの悲劇を終わらせてやりたい、俺たちは

その一心だった。半分は……山藤を犠牲にしたくないし、俺が犠牲になって彼女を

悲しませたくない、というのもあったけど。

 あおいちゃんは下を向き、葛藤しているようだ。コントローラを持つ手はだらりと下りていて、

今とり上げようと思えばできるだろう。だけどそれはしない。彼女自身が考えを変えて

くれなければ、同じことを繰り返すだけだから。俺はもう一声、何か言おうと口を開こうとした。

その時、部室の扉が勢いよく開け放たれた。

「……あおいっ!」

 3人が全員、そちらの方を見やると……三樹男さんが、息を切らせながらびしょ濡れでそこに

立っていた。まさか、もう研究所に隕石を落としてきたとか……でもそんな音はしなかった。

ということは、あおいちゃんの持つコントローラのボタンを押せば研究所に落ちる、ということに

なるのか?三樹男さんは彼女にボタンを押すよう言うだろう。ようやく今彼女が立ち直ろうと

していた時なのに……

「い、今病院から連絡があってな……」

 しかし三樹男さんは慌てた口調で別のことをまくし上げる。復讐のことはどうでもいいように

……いや、本当にもういいのかも知れない。彼の表情には、半分喜びがあった。

「正輝が……意識を取り戻したそうだ……!!」

「……え……」

 俺たちも驚いたが、あおいちゃんの方がもっとびっくりしているだろう。証拠に、

手に持っていたコントローラを落としそうになり、つかみ直そうとしてしゃがみこむ。

そのまましばらく立ち上がれなくなった。


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