日常と笑顔


「本物の、だったんだ……」

 雨はすっかり上がって日の光がよく差し、補習中の居眠りを妨げたものだが……

その日の補習が終わってから、俺と山藤、あおいちゃんはまた集まることにした。

そして山藤に、あの「隕石」を渡したのだ。本物と知って喜ぶはずなのだが、やはり

俺と同じように初めは驚きの方が大きかった。

「私も、気づきませんでした……」

 あおいちゃんも――喋り方とかは前からほとんど変わっていないようだが、なんとなく

表情に明るさが見えているような気がする。

「これが降らなければ、今既に研究所に隕石を落としていたかもしれない……今となっては

 降ってくれてよかったと思ってます……」

 そりゃ隕石は自然に降るもんだ、故意に降らすもんじゃないよな……って、自然にでも

「降ってくる」ということが危険なのだが。

「でも、白衣――研究所ではまだ計画を進めてるんだろ?またああいう事故が……

 起こらないように、やっぱり止めたほうがいいんじゃないか?」

 俺の疑問に、しかしあおいちゃんは首を振り、

「事故が起こったのは、精度がまだ悪かったから……父は『あの石』の仕組みを発表して

 完成度を高めようと言ってました……」

「そうね、お互い協力し合った方が……もしかしたら三樹男さん、研究所に戻れるかも

 しれないし」

「……はい」

 今初めて、あおいちゃんの笑顔らしいものを見たような気がする。瞬きする間に

普段のボーっとした表情に戻ってしまったが。あんまり見とれてると山藤がまた怒るだろうから

その方がよかったのかも……

 

「私たちにとってはこの隕石が始まりだったけど、彼女たちにとっては終わりだったのね」

 あおいちゃんと別れて、山藤と二人で帰る途中。といっても俺の住んでるマンションは

学校から目と鼻の先なんだけど、マンガでも買うため駅前まで付いていこうかと、

今一緒に歩いている。まあそれは口実なんだけど……そんなことを言う必要のない仲に

なってるんだけどな。

「終わりって表現は……この隕石が止めた、って感じだろ?」

「でも考えるとすごいよね、あのタイミングであそこに降ってくるなんて」

 隕石を人工的に降らせられる、ということを知ってからは、逆に本当の隕石の降ってくる

「まれさ」も確かに実感できる。

「タイミングはともかく、部室の近くに落ちたっていうのは、やっぱ三樹男さんが作った

 石の影響だろ?」

 山藤の宝物だったあの石だが、今は隕石の方が本当の宝物になったので、あの石はあっさりと

返している。しかし宝物だからってまた部室なんかに持ってきてなくしたら、今度こそ

ただの石と思われて捨てられちまうぞ?

「それはそうかもしれないけど……もう少しロマンチックにさ、運命を感じるとか」

「流れ星ならわかるけど、地上にまで落ちてきたら……でも今回は、単なる偶然って

 わけでもないかもな」

 別に山藤の機嫌を取るとかじゃなく、自然とそう思えてきた。この隕石は一つの復讐を

止めただけでなく、俺たちを結びつけたのだから。山藤もそう思っているようだと、

今なら感じられる。

「この隕石との出会い、運命の巡り合わせよね……テツと私との出会いも……」

「あいこ……」

 ここで昨日のように、腕を回して肩を抱き寄せ――ってするのだと本能が命令し、

実行に移そうとしたのだが……頬を赤くしてた彼女が一瞬にして目を座らせる。

「『あい』じゃなくて、『あい』なんだけど……」

「……あ、悪ぃ……」

 せっかくのいいムードなのに台無しにしてしまったな……いつも苗字で呼んでたから

ただでさえ紛らわしい名前を読み間違えてしまった。彼女が俺を呼ぶようにいつも名前で

言ってればそんなことはないんだろうけど。

「もう、これからずっと名前で呼んでもらうクセつけてもらわなきゃね!」

「……それはどこででも、ってこと?」

「あたりまえじゃない、学校でもね」

「恥ずい……せめて二人きりのときとか……」

 自分で言っててもっと恥ずかしくなった。てことはこれから二人きりの時間がよくあると

言うことだ。昨日のあのときは特別な場合だったんで、ある意味自然な感じでいられたけど、

日常に戻ってみれば周りが気になるようになり……いわゆる「バカップル」にはならない

ようにと理性が歯止めをかけたがる。

「だーめ、名前くらい言ってて恥ずかしいって思うのはそれこそ考えすぎよ」

「でも、イメージが変わるからこそ名前で呼んで欲しいんだろ?」

「あ……それはそうだけど」

 言いくるめて……ふと、こうやって話し合ってるのが楽しいと思ってる自分がいることに

気づいた。やっぱり二人だけが楽しんでてもいいかな、バカップルと言われようが、

逆に自慢できるくらいに……そうなれるようもっと努力しないとな。

「だから、そう伝えて欲しいのよ、テツが私を好きだって」

「直だな……じゃあお前が俺に伝えるときはどうするんだ?普段から名前で呼んでるし」

「それは……って、『お前』じゃなくてちゃんと「あいす」って呼んでよ」

 何だかんだ言いながら歩いていく二人。お互いが名前で呼び合う日もそう遠くないな、と

――怒りつつも笑っている山藤の顔を見ながら、そう思えた。

藍子

奇跡の隕石 〜fin〜


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