運動と位置


「……これから話すことは、誰にも他言しないでもらいたい。約束していただけなければ、

 今すぐお帰りしてもらうことになる」

 俺と山藤に緊張が走る。いよいよ核心にせまるところなのだが、そんなに大きなことが

起こっているということなのだろうか。世間に知れ渡ったら、大騒ぎになるであろうことが……

「知らなければ嘘をつかなくてすむ。まだ高校生、私の本心としては君たちをこんなことに

 巻き込みたくない」

 と、山藤がポケットに入れていた隕石をおもむろに取り出す。暗い赤に染まったその隕石に

皆の視線が集中する……おい、まさかそれを渡して帰る気じゃ……?

「私たちの目の前にこれが落ちたときから、十分巻き込まれてると思う。今更忘れるなんて私には

出来ないな……この状況を楽しんでるってワケじゃないけど、最後まで関わりたい」

 おとなしい口調だが、彼女らしい意見だった。もし隕石を見つけたのが俺だけで、この場に

山藤がいなかったら、もしかしたら俺は尻込みして隕石を置いて帰っていたしれない。

つまりこれは俺の意見ではないのかもしれないが、

「……俺も同じです」

 2人の言葉を聞いた三樹男さんは再びため息をつくと、まだ話しにくそうな表情で両肘をつき、

手で口を覆った。

「わかりました、そこまで覚悟があるなら話しましょう、あの恐ろしい計画を……」

 計画……三樹男さんが関わってる、宇宙から地球への資源の還元がからんでくることだろうか?

次の彼の言葉を待って俺たちは息を飲んだ。

「力学的エネルギー保存則は――物理を学んでいるならご存知だとは思いますが」

 はい、知ってますと俺は答えた。山藤はきょとんとしているが……確か山藤は生物の方

とってたんだっけ。俺が教えておいた方がいいのか?

「物体が動いてる時に持っている力を運動エネルギー、物体を高いところから重力によって

落ちたときに得られるであろう力を位置エネルギーと言うんだ。その2つの力の和を

力学的エネルギーって言うんだけど……ここまでわかるか?」

 わかってるような、わかっていないような……難しい表情のまま山藤はこわごわとうなづく。

こりゃ全部話しても理解できんのじゃ、と思ったがやめるわけにもいかず。

「例えば――この隕石を(といって隕石を左手に持ち、その手を高く上げる)この高さから

落とすとするだろ、すると重力によって落ちる(左手にあった隕石を右手で持ち、その手を

ゆっくり下に動かす)。このとき、空気抵抗なんかを考えなければ、隕石が落ちる前と

落ちている最中じゃ、全体のエネルギーの合計は変わらない、これが保存だ。……OK?」

 まだ難しい顔をしている山藤は、今度はうなづいてもくれない。俺が教えるのあんまり

うまくないのもあるのかもなぁ……

藍子

「柱時計の振り子は……それを一部利用してます……」

 とあおいちゃんが部屋の時計を見つめながらつぶやく。確かにこの部屋には振り子時計が。

「ああ、なるほど」

 それを聞いて山藤がぽんと手をつく。……本当かオイ。そして再び三樹男さんの方に向き直る。

いいですかな、と目でおくってから、話を続ける。

「今タイト君が隕石で例えましたが、まさにその隕石が核となる計画なのです。エネルギー保存、

というよりは『エネルギー変換』、と言った方が正しかったのかも知れませんが」

 隕石で……変換?そりゃ高いところから低いところへ落とせば、位置エネルギーを

運動エネルギーに変換していることになるだろうが……落ちちまえば地球の大きさに

吸収されて隕石はとまってしまう。さもなければ地球が割れることに――隕石が大きければ、

それも笑い事ではない。

「物体の運動エネルギーをさらに別の形、電気などに変換できれば、かなりの資源になる。

 その研究はかなり前から進められ、そのシステムも既に出来上がっています。しかし……

 物体を高いところに持ち上げるには、やはりそれと同等以上のエネルギーが必要となります。

 エネルギーを作るためにエネルギーを使っていては、元も子もありません」

 確かに、と内心苦笑した。そりゃことのついでに実験の物体を持っていけばいいんだろうけど、

普通の旅客機から落とすとかは出来んだろうし。

「そこで宇宙に浮いている、金属片などのゴミ。これを回収して地球に落とすことにより、

 エネルギーも作り出せ、また宇宙での作業中に高速で飛んでくるゴミにぶつかる、なんて

 ことも少なくなり、一石二鳥だと、私のメンバーは言っていましたが」

 時速何万キロで飛んでいく宇宙船から捨てられたゴミは、そりゃ時速何万キロで飛んでるん

だろうな。大きなゴミはぶつかる前にセンサーなんかで見つかるんだろうけど、小さいものは

センサーに引っかからないどころか、宇宙服の面を突き破るなんて話だからな。まあ米粒

みたいなものは地球に落としても大気圏突入時に燃え尽きるだろうから使えないだろうな、

まあせいぜいこの隕石くらいの大きさは――この隕石……?!

「まさか……この隕石が……」

 恐怖といったものではないはずだが、のどが詰まるような重みを感じた。でも俺は思い切って

三樹男さんに聞いてみる。言い終わる前に、彼はゆっくりとうなづいた。

「そう。それも人工的に落とされた、宇宙ゴミなのです」

「これが……ゴミ……?」

 その言葉を理解したくないのか、無感情につぶやいて、ゆっくりとテーブルに転がっている

それ……隕石と言い切れないものを見つめた。


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