至と蓮華


 ――至の父親、まあ私の兄に当たるわけだが、息子に彼女を紹介された、と電話で

知らされたのが、その娘を初めて知ったいきさつだ。私は写真でしか顔を見たことがないのだが。

聞けば向こうの家族にも至を紹介し、お互いいい付き合いだったらしい。冗談か、本気か、

どちらかの家族が早く結婚させよう、と言って2人をからかうほどだったらしい。

 そしてこの前のクリスマスイブ、2人で会う約束をして、至が先に落ち合う場所に……

あの駅前の一番大きなビルで待っていた。約束の時間に30分すぎても至は怒らず

気長に彼女のことを待っていたらしいが、1時間経っても何の連絡もないのにさすがに

痺れを切らし、携帯電話で呼びかけた。応答したのは……病院関係者だった。

彼女は目的地へ向かう途中車にはねられ重体だったという。

 至は急いで病院へ向かったが、彼の到着は間に合わず、既に息を引き取ったあとだった。

彼女の遺体を見て大粒の涙を流しながら、同時に彼女を轢いた奴を殺してやろうとも

思っていたようだ。だがその轢いた人も涙ながらに両親に謝ったらしく、また彼女にも

事故の責任がないわけでもなかったようで、怒りはどこにもぶつけられず、

至は魂が抜けたようになってしまった。

至 & 蓮華

 正月が過ぎ仕事始めになっても至は研究所に出てこない。しばらくは仕方ないと

思っていたのだが、そろそろ気持ちを切り替えて欲しいと、3日前に私は彼の家に向かった。

すると……両親の話では5日前から出かけると言って姿をくらましていて、電話にも出ず

行方が掴めなかった。何か手がかりはないかと彼のパソコンも調べたのだが……

今年に入って研究所のサーバーに何度もアクセスしていることがわかった。

 そして今日――1月17日午前8時、衛星のコントロールが効かなくなり、

どこからかの発信により隕石が落とされるにいたった、というわけだ。至が犯人だと

思ったのは、よく待ち合わせに使った駅前のビルを残したことと、この1月17日が

……亡くなった彼女の誕生日だから、ということからだ。

 

 御麻さんの話を聞いた後、もう昼過ぎということで食事をとった。隕石を斥ける石があるから

上に戻っての食事でもよかったが、彼はいつもここにこもってることが多いらしく、

スーパーで買ってきた新鮮な野菜や肉・卵などもこのシェルターに保存しているという。

炊事場も無理矢理作って(その分また狭くなってしまっているが)料理もできるので、

非常食を食べなくても済んだ。料理はあおいちゃんが手伝うと申し出たが、御麻さんは断り

一人で作ってくれた。

「……でも御麻さん」

 野菜スープを食べながら俺はまだ疑問に思っていたことを言ってみた。

「彼が――至さんが犯人だとしても、やっぱり動機がわかりません。轢いてしまった人だけを

狙うならともかく、こんな無差別な……」

「それは……自暴自棄になっているだけだろうな」

 御麻さんは食べ物を飲み込んでから一息つく。

「彼女のいない世界なんか意味がない、それなら壊してしまおう……そう考えても

不思議じゃない。最後には自分の命も――あのビルに隕石を落としてしまうかも」

「なっ……!」

 御麻さんが言い切る前に大声を上げて俺は椅子を蹴飛ばす。隣であおいちゃんが

驚いた表情を見せたが、俺に対してではなく彼に対してだろう。悠長に食事している

場合じゃないじゃないか!

「あのビルには……至さんにとっての蓮華さんのように、俺の大事な人がいるかも

しれないんです!早く避難させないと……」

 しかし御麻はなぜか冷静に、落ち着きなさいと手で制した。俺は倒れた椅子の方を

チラッと見ただけで、すぐには座ろうとはしなかったが。

「あいつがそれを実行するなら、彼女が亡くなった時間……午後5時46分だろう。

それに慌てて下手な行動を取ればビルの人間たちは――今至に大勢の人を人質に

捕らわれているのと同じだ」

 人質……今朝荒井田に襲われたとき三樹男さんが助けてくれたように、例え人質が

多くても彼らを救うことができるのだろうか。そんなことを考えながら、無意識に俺は

椅子に座りなおしていた。

「まあ、食事を終えたらとにかくビルに向かおう。それから考えるのもよし」

 甥のことなのに、御麻さんは大人だなと思った。もちろんあおいちゃんもそうだが。

そして俺は至さんのように……彼女のことになると熱くなってしまう癖があるようだ。

それが一概に悪いことじゃない、とあいつは言ってくれるだろうがな。


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