catastrophe


 空は晴れ渡っていたがまだ空は暗く、風はやや強く肌寒い。コートの襟を立てて

マンションを出る。高校はマンションから目の前にあるのだが、間に川が流れていて、

橋を渡って信号をひとつ待たねばならない。3年間これを繰り返したから信号待ちなんか

気にしないんだけど。隣を歩いている瞳由ちゃんは2年からマンションに引っ越してきたが、

まあ同じだろう。

 そんなことはともかく、橋は目の前に迫っていた。何も考えず歩いていたところだが、

ふと瞳由ちゃんがついて来てないことに気が付く。後ろを振り返ると……彼女は不思議そうに

西の空を眺めていた。俺は声をかける。

「どしたの?」

「……え?うん……なんか光ったような気がして」

 確信の持てないような返答が返ってくる。空が暗いから星が見えたとか、月だとかじゃないか、

あるいは飛行機かなんか……とでも言おうとした。それなのに、俺は見てしまったのだ。

彼女が見たと思われる光るもの――流れ星のような光を。

 一瞬身構えたが、それは地平線の向こうへ消えた。尾の長い流れ星だと言ってしまえば

珍しい程度で済むことだ……が、彼女が先に見たのを合わせて2個目だとすると

偶然で済まされる問題ではなくなってくる。そこまで考える理由は言うまでもなく……

夏に体験したあの事件のせいだ。

「あれ……落ちたんじゃないの?」

 瞳由ちゃんもただの流れ星じゃない、「隕石」じゃないかと疑っているようだ。

俺は十中八九そうだと思っている。そしてさっきエレベーター内で感じた揺れも

隕石のせいだとしたら……つまり近くに大きなのが落ちたということで。

そしてまだ隕石が降っているということは……

 前に一度考えて蒼ざめたことだが、今度は考えたくもなかった。頭が真っ白になりそうだ。

勉強した分まで忘れそうなんてことはこの際どうでもいい。そして、本当に考えなくても

よくなってしまった。

「あっ……」

 横手から強い光が見えて、2人して振り返り……橋の向こうの交差点で同級生らが

信号待ちをしているのが見え、その上空に燃えるように白い光を放つものが見え……

俺は思わず、瞳由ちゃんを庇って地面に倒れこんでいた。

「キャ――」

 ドッ

瞳由

 

 

 

「――ツ君、テツ君?!」

 瞳由ちゃんが体を揺らして俺を起こそうとする。気を失っていたのだろうか?

彼女と目が合うと、ホッとしたような表情を返してくれた。聞けば10秒ほど、

気が飛んでたらしい。どこかぶつけたように痛みを感じるが、どこが痛いのかわからない。

彼女は倒れこんだ時に手をすりむいたようだが、「それだけで済んだ」ようだ。

 思い出してゆっくりと身を起こす。足元には小石程度のコンクリートの破片のようなものが

散らばっていて、横を見るとそれが飛び散ったのか、車のガラスが全部割れている。

そして橋の方を、もとい「橋があった」方を見やれば……川しかなかった。

橋がないのである。足元の破片が、多分橋だったものなのだろう。そして対岸は……

 見るも無残な状況になっていた。よく見えないが、交差点の向こう100mくらいに

落ちたのか、クレーターのような物が見える。そこから四方に道路のアスファルトや

建物の破片が飛び散って、信号待ちの同級生を襲って……怪我に泣き叫ぶ声がこちらにも

聞こえてくる。運良く怪我の少ない生徒もいるみたいだが、倒れている生徒のほとんどは

――もう救えない状態なのだろう。

「…………なんで?」

 瞳由ちゃんが悲鳴じみた声を上げる。こんな映画のような出来事、信じられないのが

普通だろう。だが事情が事情だけに俺は冷静でいられた。いられてよかったものか……

「ど、どうして……なんで、なんでぇ?!!」

「……落ち着いてくれ」

 混乱して、言葉すら出てこずわめくだけの彼女に、俺はそう言うしかなかった。

「おっ、落ち着いてなんて、そんな……なんでよ、なんで……」

 遂に涙を流してしまったが、多少は落ち着いてくれたようだ。少しして泣き止むと

ごめんなさい、と謝ってくれた。この先まず安全な場所を探すのが優先だ。行動するにも

それを考えるにも、1人より2人の方がいい。現にもし彼女がいなくて流れ星に

気づかなかったら、あの瞬間俺は橋の上か交差点まで歩いてしまっていただろうし……

「……これからどうしようか」

 涙を手でこする瞳由ちゃんに尋ねてみる。安全な場所探しといってもきっとどこにも

ないんだろうけど。

「……とりあえず、学校に」

 避難場所といえば学校の体育館だ、同級生たちや先生もいるだろうし、センター試験会場へ

向かうバスもあれば移動手段に使える。もう受験どころじゃないんだろうけどな……

瞳由ちゃんの意見に賛同して、俺たちは対岸へ渡れる別の橋を探して歩き出した。


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