会えたと会えない


 まず目に飛び込んできたのは、包帯をして床に横になっている人たち……その回りには

心配そうに看病している人たちと、救急箱のようなものが。ここ4階は事務フロアの

はずだが、今は医務室にも使われているのか。

「元々そうだったのかもしれないな」

 一つ大きく息を吐いて三樹男さんが言う。おそらく彼らはここではなく9階に居るのだろう。

ふと時間を見て……5時7分。もしものことを考えて皆をここから少しずつ避難させると

いうのも考えていたが、怪我人がこれだけいるとそれは難しい。やはり隕石を落とさないように

説得するか、「隕石を斥ける石」の効果を期待するしかないだろう。

「あ――」

 そろそろ上の階へ向かおう、そう言おうとしたとき、あおいちゃんが驚いたように目を

見開いて部屋の中の一点から目をそらさない。視線をたどると……俺も驚くこととなった。

それは俺が知っている人物だったから。その人物の名は、

「正輝!!」

 ……と三樹男さんが代わりに言ってくれたが、その三樹男さんの息子であおいちゃんの弟、

去年の夏に意識不明から目を覚ました照下正輝がその部屋の中に居たのだ。三樹男さんが

名前を呼ぶ一瞬前に向こうも気づいたようだったが。

「お父さん、お姉ちゃん」

正輝

 正輝が駆け寄って――足元に寝ている怪我人を踏みそうになるのをなんとか避けつつ――

こちらへ向かってきた。よく見れば彼も腕に包帯を巻いている。見たところ骨折では

なさそうだしすりむいたくらいだろう、傍から見れば軽傷なのだが、

「お前、その腕……折れたのか?!」

 我が子を心配する父。まあ正輝の場合は特別か。あおいちゃんも心配そうに彼の包帯を

見ている。正輝は笑って

「大丈夫、転んですりむいただけ、お母さんも怪我してないし……あ、お母さんもあっちに」

 正輝が指差した先には、確かに彼の母親が周りの人を手伝って怪我人の世話をしている。

三樹男さんたちが来たことには気づいていないようだ。今すぐ知らせて安心させてあげたいが、

「そうか……母さんのこと頼んだぞ」

 父は息子の頭を優しくなでた。正輝は意味がわからず不思議そうに父を見上げている。

事を終わらせてから、妻を本当に安心させてやりたい。そういうことなのだろう。

あおいちゃんも弟に言葉をかける。

「あと40分くらいしたら……一緒に帰れるから」

 理解はしていないようだが、とりあえずうなずいたという感じの正輝。最後に俺のほうを

向いて……何も言うことはないだろう、「お姉ちゃんは俺が守ってやるからな」なんて言っても

「お父さんがいるからいらないよ」なんて言われそうだし。ただにっと笑うだけにしておこう、

と思っていたら、正輝の方から思いも寄らない言葉をかけられた。

「そういえば、ええと……名前忘れちゃったけど、『お姉さん』に会った?ほら、お兄さんと

仲がいい、髪の長いっ?!」

 いい終わらない前に、俺は朝やったのと同じように、正輝の肩をつかんでゆすっていた。

流石に家族の手前力はそんなに入れられないが。

「あいつに会ったのか?!もしかして、ここに来てるとかっ?!」

「タイトさん……」

 また落ち着いてと言いたげそうなあおいちゃんだが、君だって弟と母親に会えたんだから

俺だって欲言っていいじゃないか。

「い、一緒にここに来たんだよっ、さっきから見てないけど……まだいるんじゃないの?」

 正輝の話によれば、駅のあたりは隕石が降ってないと聞いて母親とやってきたのだが、

その途中で会ったという。来る途中に負った正輝の怪我を気にして、ここまでついてきて

しばらくこのフロアで話をしていたらしい。だが数十分前から彼女の姿を見ていないという。

「…………」

 もう目前まで来ているのに会えないなんて……今すぐビルの中を捜して回りたいところだ。

だが流石に俺も冷静になっている。この事件を終わらせさえすればいいんだ、終わらせてから、

笑顔で無事だとわからせればいいんだ。そうだ、あいつも無事なんだ、何も心配することはない

……俺は三樹男さん、あおいちゃんの方に向き直り、

「……早く終わらせましょう」

 三樹男さんは力強くうなづいてくれた。正輝に一時の別れを告げ、俺たちは5階への

階段へ向かおうと、医務室となった事務フロアから出ようとした。まさにその時――

 

『――みんな、聞いてっ!』


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