やっと


「誰か、いる」

 三樹男さんが小声でそう伝えた。耳を澄ませば確かに、何かが動くような音が右手の扉の

奥から聞こえてくる。ネズミかとも思ったが、小動物にしては立てる音が大きすぎる。

まるで縛られて暴れているような……

「藍子かっ!?」

 思わず叫んでしまって、口を手で塞ぐ。物音は一瞬やみ、そしてさっきより大きく騒ぎ出す。

つまり「肯定」ということか?俺は三樹男さんと顔を見合わせた。彼は小さくうなずくと

その扉のノブをゆっくりと回す……今度はカギはかかっていなかった。通れる最低限の幅で

開き、覗きながら懐中電灯で部屋の中を照らす。

 この部屋は何かよくわからないが、パイプがいっぱいある部屋だった。水かガスか……

それらの音らしいものは今は聞こえなかった。代わりに部屋の奥――縄でパイプに手を縛られて

動けない人影が、足をジタバタして音を出しているのが聞こえるのみ。そちらに明かりを

向けると、ハンカチみたいなので「くつわ」されている顔がまぶしそうに目を細めた。

長い髪が藍色に光っている。

「藍子!」

「んんー!」

 叫ぼうとする彼女に駆け寄って、俺はまずくつわを解いた。駆け寄るまでに罠とか

仕掛けられてるんではないかなど考えるべきだったかもしれないが、幸いにも何もなかった。

口が自由になって一つ息を吐くと、涙目になって俺を見つめる。

「テツ!!」

 やはり藍子だった。放送を止められた後、余計なことをさせないようにとここに

縛り付けたのだろう。怪我させたり人質に取ったりするよりはマシだが……いや、

あの2人はここで心中しようとしているんだ、それだったら殺すのと同じだ……

 固く結ばれていた手の縄をようやく解くと、どちらからともなく抱き合った。

本当に久しぶりの再会のように思える――本当は昨日の今ごろ学校で別れて以来なのだが。

しばらくの後照下父娘が見ているのを思い出してゆっくりと引き離す。藍子も気づいたらしく

照れくさそうに視線を泳がせるた。

「ありがとうテツ……テツもここに避難してたの?」

「いや、そういうわけでは……」

 藍子には一から説明すべきだったが(そうじゃないとさっきみたいな行動をとってしまうから

……もう遅いが)、今は時間がない。思わず時計を見れば5時30分。俺のしぐさを見て

藍子も思い出したようだ。

「そう!隕石がもうすぐ落ちるから、私たちも逃げないと」

「ああ、だけどそのまえにあの人たちに会わないと」

「あの人たちって……隕石を」

 隕石を、のところで藍子は険しい表情を作る。俺と再会できたとはいえ、それまでに

悲惨な街の破壊を見てきたのは間違いない。もしかしたら友達も失ってしまっているのかも

しれない。藍子にあるのは、犯人への怒りのみだ。

「……自分で死ぬっていうのなら、放っといていいじゃない」

 その言葉は当然かもしれないが、藍子の口からは聞きたくなかった。

「理由もなくこんなことするか?……そんなことする人じゃないんだ、あんなことがなければ」

「……知ってるの?あの人……あんなことって」

 やはり話したほうがいいか。何気なく三樹男さんに尋ねようとして振り返えると……

こちらを見て立っている彼の後ろに、何か両手に質量のありそうなものを振りかぶって

三樹男さんの後頭部に殴りかかろうとする人影が見えた!

「三樹男さ……」

 俺が名前を呼ぶ前に三樹男さんも気づいていたのか、後ろを振り返りながら避けようとしたが

間に合わず――

ゴッ

 鈍い音を立てて三樹男さんがくずれおる。思わず懐中電灯を向けると、即頭部が

ぬめっと何か光って見えた。血だ。

「……お父さん!?」

三樹男 , あおい & 藍子

 あおいちゃんが倒れている父に駆け寄って、それから殴った相手を見上げて……

そいつは暮郎さんではなかった。深々と帽子をかぶっているので顔はよくわからないが、

メガネはかけていない。おそらく……至さんだろう。

「……あおい……離れろ……!」

 なんとか意識のある三樹男さんだが、危ない状況には変わりない。娘が襲われないように

殴った相手から離れるように声をしぼりだす。だがあおいちゃんは離れない。

その相手――至さんも彼女まで殴る気はなかった。三樹男さんを殴り殺す気もなかったかも

しれない。そんなことしなくても隕石で一発(と思っている)だから。

「至さん……ですね」

 俺は藍子を背に庇いつつ、また至さんらしい人影が動かないかと凝視しながら、おそるおそる

尋ねてみた。人影は俺の顔を見るように自分の顔をゆっくりと上に向けると、一言言った、

「……そうだ」


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