遺書


「至さん、って……」

 背中で藍子がつぶやいた言葉は疑問系にならなかった。おそらく2人が話してるのを

立ち聞きした時、暮郎さんが彼の名前を言うのを聞いたのだろう。彼が隕石を落としている、

藍子はそういう認識しかできていない。俺は藍子が感情にまかせて勝手な行動をとらないよう

後ろに庇って手をにぎることしかできない。……もっとも俺も人のことは言えないが。

「あなたの叔父さんから聞きました、このビルと共に死のうという理由を」

 俺の言葉に至さんはピクッと反応したが、表情は変わらなかった。変わるというよりも

無表情といったほうがいいかもしれない。昔の、弟がまだ目覚めてない頃のあおいちゃんを

思い出させるた。

「叔父さんもおしゃべりだな……まあどっちでもいいけど。それに」

 至さんは殴った三樹男さんの方を見て――三樹男さんはなんとか痛みをこらえながら、

至さんをじっと睨んでいた。まだ立ち上がれないようだが……あおいちゃんが心配そうに

父の背中についている。

「その叔父さんに聞いた話じゃ、そこの父娘(おやこ)も同じことやらかそうとしたんじゃないか」

 言われて2人に動揺の色が伺える。正輝が目覚めたお陰で未遂に終わったわけだが、

そうでなければ2人は罪を犯していただろう。だから自分を止める権利などないとでも

言いたいのだろうか。

「そしてその父娘を止めたのは君たちだってね。そしてオレをも止めようとしている」

 話題は俺の方へとふられた。この2件に俺たちが関わっているのは偶然だ、

今回だって隕石を落とすなんて方法をとらなければ気づかずに受験しに行ってたかも

しれないというのに。その疑問は勝手に口に出ていた。

「……なんで、隕石を落とす方法をとったんですか」

 至さんは今度は微動だしなかった。暗くて顔がわかりにくいから瞬きくらいはしたかも

しれない。しばらくして口が動くのがはっきりと見えた。

「単純に、一番初めに思いついた方法だったから、かな。時限爆弾なんてことも考えたけど

用意するのが大変だし、爆発前に発見される可能性もあるからね」

「だったら……なんでこのビルだけじゃなく、街全体に落とす必要があったんだ?!

このビルが彼女との思い出なら……このビルだけでいいじゃないかっ」

 だんだん荒げてきた俺の「彼女」の言葉に至さんと、後ろにいる藍子が反応した。

しかし俺の言葉もかなり矛盾している。このビルだけ、ではなくこのビルにも落としては

ならないはずなのに。本当にこのビルだけとしたら、何も知らずに買い物に来ていた客たちが

一瞬にして殺されてしまうというのに。

「意味がないことはしていない。適当に隕石を落としてると思われているだろうが、

ちゃんと位置を決めて落としてるのさ。……蓮華の名前を彫っていたんだよ」

 蓮華、は至さんの彼女の名前。だが彫るという言葉は理解できなかった。彼は続ける。

「空から見下ろせば、ちゃんと『蓮華』って見えるように落としてるんだよ。どうせ死ぬなら

派手に残してからと思ってね。……画数が多くて大変だったけど」

至

 あきれようとした。そんな理由なだけのために、同級生や街の人たちは犠牲になって

しまったのか。だがこの人は馬鹿げたこととは思っていないのかもしれない。

最後に「遺書」を残そうと。そこまで彼女のことを愛していたのか……一瞬同調してしまった

自分を振り払おうと心の中で頭を振る。

「ここに落とせば文字は完成だ。あと――」

 そう言って時計を見る。「――12分。12分後に落ちるようプログラムをセットしたから

誰にも止められない」

 やはりタイマーセットしてたのか。隕石の発射を止めるにはそれをセットしている機器を

探して壊すしかないが、12分では探し出せないだろう。それでもまだ俺たちには余裕があった。

隕石を斥ける石。まだ未完成ながらあれだけの数(あおいちゃんのリュックの中身半分くらい)

あればこのビル直撃は免れるだろう。このビルさえ守れば、彼も諦めるしかない。

そうたかをくくっていたのだが……彼は三樹男さんを見て

「……そうそう、あなたは『隕石を斥ける石』というのを作ったとか。もちろんそれを

持ってきてることも考慮してますよ。同じくあなたの作った――」

 至さんは両ポケットから何かを取り出した。暗闇に光る物体は、ここにいる全員が

知っているもの、そして認めたくないものだった。隕石を引き寄せる石……

「必ず落ちるように準備したんだ。これをあと30個ほど用意してある」

 完成された「石」。それがそれだけの数あるとしたなら……ここに落ちるのは間違いない。

一瞬にして絶望の色に変わってしまった……


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