―――


 暗闇だった。何もないのかと見回せば、……どうやら見回していなかったようだ。

目すら開いていない。それでも外は真っ暗だと感じられた。起きなきゃいけない気が

するけど体が重い。なんだか長い夢の終わりにいるようなそんな感じだ。このまま眠れば

そのうち夢から覚めて……

「……つ、て……!」

 なんだかくぐもった音が眠りを妨げる。だけど嫌な音じゃない……俺は目を開けようと

したがそれさえもできなかった。ものすごく眠い。

「……ねぇ、テツ!おきてよ、ねぇ……!」

 テツ……ああ、俺の名前か……俺を呼んでる声。それは……もちろん忘れるはずがない。

藍子だ。俺を起こそうとしている、しかも頭のすぐ近くで……ならなぜ体を揺らさない?

休日に自分の家に帰ってるときなんかは、妹が朝遅い俺の体を揺らして起こしていることを

不意に思い出して笑った。顔には出せずに。

「……うそ、ウソだよね、ね、ねえ、起きてってば……!」

 なんか泣き叫んでるって感じだな……俺が起きないとそんなにマズいのか……?

ああ、もしかして俺が死ぬとか思ってんのかな……じゃあこれって、死ぬ前の感覚……?

そうそう、ビルから出た瞬間に隕石が落ちて、ビルの破片が……

「……ほ、ほら、水のんで!口あけて……!」

 うるさいなあ藍子は……でもこの調子ならあいつは怪我も大したことなさそうだな、

それなら安心だ……一瞬俺の口が本当に笑ったのかと思ったのだが、どうやら藍子が

俺に水を飲まそうとして手であけたようだ。水なんてどうでもいいけど……

「……もう、どうして飲んでくれないの?! お願い。おねがい:::「

 口の中に液体が入り。すぐ流れ出ていく感触がわずかに、体が横に向いているのだろうか、

ともかく俺は水を飲めなかった、まあ今の状態じゃ気管に入りそうだけどな:::

そういえば朝の夢。なぜか思い出した、アレは正夢だったんだろうか、違ってたのは。

あいつが死にそうだったってことか、むしろ俺が死にそうってことか、

」:::テツって。ねぇテツ:::?「

 あいつの声が弱々しく。というか俺の耳が
 
 
遠くなってるのか、もうなんでもいいや。
とにかく眠りたい:::そのうち
 
 
本当に何も聞こえなくなった、終わったな:::
ゴメンな。先に逝くことになって、お前は至
 
 
さんのように恨みながら生きるなんてことは
しないと。さっき聞い
 
 
たから大丈夫だよな:::
 ふと。再び口に何か感触があ
 
 
った、また液体のようだったが。今度
は口の奥まで入る、
 
水圧があるからだろ
 
 
うか。でもボトルの容器を当ててるにしてもや
わらかすぎる感触が、
 
これはまるで:::

」……!!」

藍子

 何だと理解した瞬間、俺は覚醒した。目の前に藍子の泣き顔があった。がれきの下敷きに

なって動けない俺に、口移しで水を飲ませてくれていたのだ。驚きと恥ずかしさと、

水量が結構多かったので、俺は思いっきり咳き込む。

「……ゲェホッ、ゲホッ!!」

「きゃあっ!?」

 当然顔を寄せていた藍子に口の中の水は降りかかる。視界が戻れば、藍子の顔は

びしょびしょだった。でも怒るどころか、さらに顔をくしゃくしゃにさせた。涙は……

水浸しでわからなくなってしまったが。

「テツ……」

「わ、悪いな、色々と……」

 見れば藍子もがれきの下にいるのだが、少し空洞ができているようなので手は動かせるようだ。

それでリュックから水を取り出すことができたのか。さらに聞けば、隕石が落ちたときに

俺は無意識に藍子を抱きしめて庇ったお陰で、藍子は擦り傷程度で済んだという。

「ありがとね、テツ……」

「礼は……ここを出てからだな」

 俺は横を向いてがれきに押しつぶされかけている。なんとか呼吸もできるのだが、

うごかすとがれきがどう降りかかってくるかわからない。それに動かせないので

なんともいえないが、どこか折れてるかもしれない。

「にしても俺も結構意識あるよな、さっき死ぬかと思ったのは単に眠たかっただけか」

 暮郎さんに飲まされた睡眠薬がまだ残っていたか、藍子を背負って走ってきたことで

体中に回ったのか……とりあえず今眠っても大丈夫だとほっとはしたが、

「ば、ばか、死ぬなんて言わないでよ……」

 また藍子が泣きそうになる。あれだけ至さんに言っても、やっぱり俺がいなくなるのは

辛いのか。それとも目の前で死んじゃうってのがもっと辛いのだろうか。

「……でも、すぐ出られると思うよ、だってほら」

 藍子が顔をぬぐって笑顔になると、耳を済ませるようなゼスチャーを作った。

遠くから俺と藍子の名前を呼ぶ声が……三樹男さんたちだ。藍子だけじゃない、

みんな心配してくれてる。俺は体を痛めない最大限の声で返事した。


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