追悼式


『――人もの若い命が無惨にも奪われたということは、なんとも形容しがたい悲しみであり、

また怒りでもあるわけです。ここにいる君たちは、彼ら彼女らの命を無駄にせず――』

 校長の長い話が続いている。周りのクラスメイトは皆うつむいて、女子はすすり泣いている

子も見られる。「クラスメイトは皆」と言ったが、俺のクラスにはもう4人、いない。

 3月、卒業式を迎えた。一人ずつ卒業証書をもらって校長の話、というのは普通の流れである。

だが今年は、ある生徒の代わりにはその親族が生徒の写真を持って代わりに卒業証書を

受け取るということが多く見られた。中には誰も受け取る人がいない生徒もいた。

 そして当然だが校長は卒業の慶びなんか言うはずもなく、いない生徒への哀しみの言葉を

感情を込めて語っている。生徒、先生、保護者、ほとんどが校長の話に同調しているだろう。

俺を含めた数人以外は。なぜなら校長の話には、犯人への怒りが含まれていたからだ。

 御麻 至 容疑者。電気が復旧してすぐ見たニュースでその言葉を聞いた。彼の動機に

ついても、人工衛星のことについても報道されていた。衛星を作った研究所の人たちへの

非難も多かったが、やはり至さんへの怒りの言葉ばかりが耳に残った。動機のことに触れても

異口同音、決り文句のように「彼女が亡くなったくらいで……」

 研究所にも警察が来て、何人かは書類送検されることになったとあおいちゃんから聞いた。

暮郎さんもその中に含まれていたという。三樹男さんはそうではないと聞いて安心したが

今後学会から後ろ指を指されるのは間違いない。

 ふとあおいちゃんの方を見てみた。俺の席は後ろの方なので、前を向きながら彼女の頭を

見ることはできるが、顔は見えない。希望大学に合格することができたが、それを機に

父親も一緒に向こうへ行くという。ここよりも僻地といった感じの、研究には不便な環境の――

まあ三樹男さんは天文学だから、そっちの方が都合いいかもしれないけど。

 そうそう、センター試験は予定より1週間だけ伸びて実施されたんだ。俺の高校の生徒の

ほとんどは事件のショックでさんざんな結果のが多かったけど、皮肉にも俺は落ち着いて

勉強できたのでまあまあの結果だった。そのときいろんなところに包帯巻いてて動きづらかった

のだが、2次試験までには普通に動けるようになっていた。そして俺も合格、県内の大学だ。

藍子もそこへ行けるように勉強するってはりきってたが……

 藍子のことも気になった。2年生(在校生)なので席は後ろ、式中だから振り向くことは

できないので姿すら見れない……でも入場のときにちらっとみた、憂いの表情での拍手は

まだ記憶に残っている。その表情は周りの生徒もそうだったが。

 校長の話が終わったらしい。でもこの後も教育委員会の人やら来賓の方やらが、

同じようなこというんだろうな……そこは普通の卒業式と同じか、と思って鼻で笑った。

 

 卒業式の後、3人は誰からとなく集まっていた。話すことといっても、俺は特に考えて

いなかったのだが。

「とりあえず……卒業と、大学合格おめでとう」

 藍子が言った。合格発表があったときにメールでやりとりしただけだったから、

言葉にして祝ってくれたのは初めてだ。

「ありがとう……」

「……あんまりありがた味ないけどな」

 校門へ向かってゆっくり歩き出した。桜の木はもう花が咲きかけのものも見える。

暖冬だとか、地球温暖化だとか、そんなことも考えたがすぐに霧散した。

藍子が立ち止まって、花壇のほうを見つめている。赤紫色の花がいっぱい咲いていた。

ほとんどは花の名前なんか出てこないのだが、それはよく知ってるものだった。

「レンゲ……」

「本当はレンゲソウって言うんだけどね」

 藍子があまり抑揚なくつぶやく。あの日のあと藍子には至さんの彼女のことも

話したのだ、蓮華という名前の女性がいたことを。

「至さんもこの綺麗に咲いているのを見てたら、あんなことしようとは思わなかったのかも

しれないね……」

 単純な理由で人を殺してしまう世の中、単純な理由で人を殺さないことがあっても

不思議じゃない。このレンゲソウにその力があったなら、もっと早く咲いて欲しかった。

あの時は冬だったが。

「ねぇテツは……彼女の名前についてる花とか見たら、やっぱり嬉しかったりしちゃう?」

 俺の顔を覗き込むようにして尋ねる。藍子の――藍か。藍……あい?

「……藍って花どんなんだ?」

 藍子は覗き込んだ格好のままガクッっとなる。だって見たこと無いんだから仕方がない。

藍色なんだろうというのは名前から想像つくが。

「こう細長い(右手を筒のようにしてゆっくり持ち上げている)花なのよ、秋に咲くんだけど……

今度写真見せるから、覚えてよね」

 ちょっとふくれながらも一生懸命説明してくれる。俺は笑いながら返事した。もちろん

ちゃんと覚えようとも思っている。と、あおいちゃんが俺のそでを引っ張って呼びかけた。

「あの……あおいの花は、夏のものと秋のものがあるんです……」

 あおいちゃんも自分の名前の花の話を出す。そういえば藍子もあおいちゃんも、2人とも

花の名前が入ってるんだな、それでちゃんとその花のことは調べてるのか。

それともやっぱり女の子は(何がやっぱりかは知らないが)花のことは詳しいものなのだろうか。

「へぇ……しかしなんだな、これは……」

 思いついて少々顔をにやつかせる。今の立ち位置、俺の左に藍子、右にあおいちゃん。

「まさに『両手に花』だな」

「ホントだ、ってちょっと……」

 一旦相づちを打ちながら、その意味に気づいて横目で睨む藍子。いや、深い意味は

ないつもりだったんだが……また余計なことを言ってしまったようだ(汗)

「もしかして、照下さんに浮気してるなんてことないよね?」

「そ、そんなことないって……ねぇあおいちゃん?」

 怖い笑顔で俺に迫ってこられても……助けを乞おうとあおいちゃんにすがるも、

「さあ……でも私は……なんでもないです」

 なんか笑いながら意味深な言葉で濁され、余計怪しまれそうじゃないか……もしかして

あの日のあの言動は本気だったのか……?

「テ・ツ・〜〜〜」

「いや、あの……誤解だってっ」

「あっ、コラ!」

 切羽詰った挙句隙を見て逃げ出すが、こぶしを振り上げて藍子が追いかけてくる。

そんな2人を楽しそうに見てるあおいちゃん――と、優しく見守っているレンゲソウ。

 この街にはまだ傷痕は残っているけど、街の人一人一人がこの花を見て微笑むような、

そんな心さえあれば、お互い助け合って生きていけると思う。そして二度とあの悲劇を

起こそうとさせないとも。

藍子 & あおい

奇跡の隕石 第二部 〜fin〜


Next Home