母親と娘


「……あ、あら、タイト君……」

 声をかけたのは七希菜ちゃんの母親、千代川 四季(しき)さんだった。とりあえず

話ができるくらいの元気はあるのには安心したが、その前にその格好に驚かされる。

隕石による地震のせいで部屋のものはメチャクチャ、いろんなものが散らばっている。

そしてその部屋にある一番大きなタンスが、彼女の上に倒れているのだ。彼女は半ば足を

下敷きにされている。

「わ、私一人じゃ、持ち上げられなくて……」

 七希菜ちゃんが鼻声でつぶやく。そうか、母親を助けるためにここに留まっていたんだな、

助けを呼ぶにも周りの人は皆避難してしまったし、母親を一人にするのも心苦しかっただろう。

父親は――多分早いうちに仕事に行ってしまったのだと思う。

「なら、俺が持ち上げますよ」

 女性たちにとって男性の助けは一番頼りになったと思っただろう。と言ってもこのタンス、

本当に重い……手前に倒れてきているので、引出しを抜いていって軽くするということもできず、

俺一人じゃちょっと無理かもと思った。でも七希菜ちゃんも渾身の力で一緒に持ち上げたので、

何とか四季さんが動けるようになった。

「……だぁっ、重かった……」

「はぁはぁ……タイト君ありがとう」

 七希菜ちゃんが息を切らせながら御礼を言う。俺たちが来なかったらいつまでも

ここに残っていたのだろうか、と考えると、来てよかったと本当に思う。

さあ、ここも危ないから皆で避難しよう、と声をかけようと思ったのだが、

「……あ痛っ……」

 四季さんが小さな悲鳴をあげ足を抑えてうずくまるのを見る。その足は、今タンスの下敷きに

なっていた方だ……まさか。七希菜ちゃんがまた泣きそうな顔で母親の元へしゃがみ込む。

「お母さん?!足痛めたの?!」

「ええ……折れてるかも……」

 スマートな彼女の足にあれだけのタンスが倒れてきたなら考えられる。俺は素早く

考えをめぐらし応急処置をすることを思いつく。普段なら七希菜ちゃんの方が先に

考え付きそうなことだが、非日常的なことが起こっている上母親が怪我しているので

気が動転しているようだ。

「七希菜ちゃん、副木(そえぎ)になるものと、包帯ないかな」

「……え?」

「応急処置だよ、足を動かさないように固定しないと」

 俺の言葉に彼女はしばらくボーっとしていたが、大慌てで言ったものを取りに走った。

 

 取って戻ってきた頃には多少は落ち着いたようで、七希菜ちゃんは自分で母親の手当てを

していた。丁寧に患部に包帯を巻く。しかしこれで四季さんが歩けるようになったわけではない。

誰かが背負わなければ連れて避難できないだろうし、置いていくなんてことも、例え本人が

言ったとしても(彼女の性格なら言いそうだ、現にタンスの下敷きになったときも、

娘に自分を置いて逃げるように言ったらしい。もちろん七希菜ちゃんは聞かなかったが)、

無理に連れて行く。

「俺が背負いますよ」

四季 & 七希菜

 メンバーを考えれば、やはり一番がっしりしてる俺が背負うのが妥当だろう。佑馬なら

七希菜ちゃんにいいとこ見せるためと母親からの株を上げるために進んでやりたさそうだが、

あんまり体は強くないので四季さんを落としかねない。

 家を出る前に佑馬にも言ったように、彼女たちの衣類や食料、他にも何か使えそうなものを

持っていくことを提案し、七希菜ちゃんと2人で手分けして集めた。懐中電灯や小型ナイフ、

あと薬なんかもできるだけリュックに詰めた。全部でかなりの量になったが、

これは七希菜ちゃんに持ってもらうしかない。背負うと少し足がふらついていたが、

気丈にも大丈夫だと笑顔で答えた。

 家を出るときにやっと佑馬と合流。遅ぇよ……俺が自分の家に戻るように言ったのだけどな。

四季さんが怪我をして俺が背負っているのには驚いていたが七希菜ちゃんが無事だとわかると

ホッと胸をなでおろす。そして自分の家の状況を告げた。

「母さんは近くの民営体育館に避難してるって書置きがあった。使えそうなものはほとんど

母さんが持っていっちゃったみたいなんだけど……とりあえず使えそうなものと、

着れるものを持ってきた」

 ライターとか、裁縫セットとか、トランプ。……トランプ?

「だって、ただじっと待ってるだけじゃ暇と思って(^^;」

 あのなぁ、そんな気楽な……と呆れもしたが、このくらい余裕があったほうがいいのだろうか。

それに『俺と違って』佑馬たちや他の避難している人たちも本当にすることもなく、

ただ隕石がやむのを待つしかないんだよな。だからあえて何も言わなかった。

 そして、改めて七希菜ちゃんの家を出て、避難場所へ向かった。


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