引越し人


「あーあ、明日からまた学校か……」

 憂鬱な俺はつい独り言を口にした。部屋には俺しかいない。正しくはマンションには、だが。

 明日から俺はある私立高校の2年生となる。自宅から通うには遠いので、親の配慮で

学校近くのマンション一部屋を借りて一人暮らしをすることになった。まあ小さい頃から昼間親が

いない生活だったから、炊事なんかは男ながら出来てしまうのは嬉しいような悲しいような。

でも妹もいたので仕事は分担していたのに比べると、さすがに時間を食われる。

「校風にはそぐわない生活」とでも言っておくか。

 というわけで家事の煩雑さと、授業のだるさを思い出したのが重なって、自分で昼飯を

作る気にならなかった。

「……コンビニ行こ」

 また独りで言うと、財布を手にしていつものコンビニへ向かった。このコンビニも

マンションの近くになければ、休日の多くを断食で乗り切っていただろうが。

 

(ちぇっ、あと1円ありゃ釣り銭いっぱいにならなかったのに……)

 無意味な愚痴を頭の中にとどめて置きつつ、かけそばが入った袋を片手に岐路に着く。

マンションは8階建てでエレベーターがついている。俺の部屋は4階。エレベーターが

最上階にあるとさすがに階段の方が早いが、先ほど俺が降りてきたまま1階に留まって

いたので、さっそく乗り込む。扉が閉まる直前、

「あっ、待って!」

 これだけ聞いたら何かわからん台詞だが、同い年くらいの女の子の声に反応して、

瞬間的に「<||>(開く)」のボタンを押す。これが男だったりオバサンとわかれば

聞こえない振りしてさっさと行ってしまうところだが(悲しい男の性(さが)……)

瞳由

「ふぅ、ありがと。」

 扉が開ききって見えたのは、予想どうり高校生くらいの女の子だった。

髪の毛は逆光からかグレーっぽく見えるが、黒に近い方だろう。前はショートみたいだけど

後ろは首筋くらいまでか。まあ俺も似たようなもんだが。

「えーと、何階?」

 まあ可愛いと言えばそうかも知れんが、見とれるほどでもなかったので普通の人の

対応だけは一応出来た。

「あ、同じ階ね」

 すでに自分の階(4F)の所が光ってるのを見てそう告げられた。……はて、こんな子

同じフロアに住んでたっけ……? それほど部屋数が多いわけでもないし、俺だって

1年住んでるので、大体の住人は……やっぱ知らないのである(ぉ 近所づきあいも

やってたほうがいいのだが。誰かの友達ってこともあるし。

 とか考えてるうちに4階についた模様。扉が開くと、腹がすいてるのもあって

彼女のことは半分忘れて自分の部屋に真っ直ぐ向かう。ま、そんなに意識するような

出会いでもなし……と思っていたのだ――――が。

「あれ、部屋隣なんだぁ」

 その隣にはやはり彼女が。振り向いた瞬間思わずドキっとしたが、ここで目をそらすと

意識してると思われるので(結局してるし)なんとか動かずに視線を固定する。

「で、でも、住んでたっけ?」

 でも間抜けな質問をする。さすがに両隣の住人の顔は覚えていたはずだが、

その顔ではなかった。向こうもこちらを知らないとなると、答えはおのずと……

「ああ、この春から引っ越してきたの、高校に近いから」

(ま、そんなとこだろうな)

「そりゃ……『初めての一人暮らし』?」

 また癖が出た。性格的にはしゃべらない方のはずなのに、独り言みたくポロッと出る時がある。

まあ独り言なんだろう。だいたいは引かれるような寒い言葉が多いのに。

「っは、そうだね」

 彼女は素直に笑った。作り笑いじゃないのは俺にでもわかる。いい反応をしてくれるのは妹と、

男友達くらいしかいない。これのせいで女にもてない、とも言われたこともあるのに。

不覚にもまたドキッとしてしまった……

「これからお知り合いになるから、自己紹介しよ。わたしは列戸 瞳由(れつど めゆ)」

「あ……俺はタイト テツだ……」

「タイト君ね、これからよろしく♪」

「え、こちらこそ……」

 

 春といっても4月、まだ寒い風も吹く。それに身を震わせて気づけば俺一人だけ

部屋の前で突っ立っていた。そういえば彼女……瞳由ちゃんが手を振りながら自分の部屋に

入っていくのを見たような気がするが。

(とりあえず部屋入ろ)

 昼の芸能ニュースを見ながらかけそばを食べたが、コンビニのなのにとても美味いような

気がする……


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