将来


 この前はいろいろあって行けなかったが、今日は数少ない俺の好きなマンガを買うために

新しい本屋へ行ってみる。ココ、建物は遠くないんだけどビルの8階とかにあってそこまで

たどり着くまでが面倒なんだよな……

 行ってみると、まず目に付くのは人の多さ。まあ開店して間もないからだろうが、こんなに

敷地が広いのに通る所がないくらいって感じだ。これじゃどこがマンガコーナーかわからんぞ。

レジの近くに案内板があるようだから見てみようとしたところ、

「あらっ、テツ君?」

 本棚の整理をしていた店員が俺の名前を呼んだ。というか髪の色で瑠璃絵さんだとすぐに

わかった。こんなところでも……

「バイトしてるの?」

「ええ、結構お給料よかったし♪」

「じゃあコンビニは……」

「あそこはまだやめませんね、ライトもいるし(^^)」

 それは本当の理由じゃないと思うけど……夢のためにこつこつ貯金してるんだな、と思う。

なんだかんだ言っても、結局は世の中金になっちまってるからな……

「何か本探しに来たの?」

 瑠璃絵さんが店員らしく尋ねてきたが、ここで「マンガ買いに来た」なんて言い出すには

忍びなく……

「あ……参考書を……」

「それだったら、2つ隣の筋の、3つ向こうの棚にありますよ」

 こうして俺は、マンガを買うどころか、やる気のない参考書を選ぶことを余儀なくされて

しまうことに……まあ「探してもいいのが無かった」とか言って買わなけりゃいいのだが。

まあ適当に立ち読みしながら瑠璃絵さんのほうを眺めた。仕入れられた新刊を所定の棚に

並べる作業は、大きな本屋ほど面倒な仕事だ。でもさっき俺を案内したように、どの棚が

何のジャンルか覚えられている。瑠璃絵さんは記憶力がいい→頭はいいはずだ。でも大学には

進学せずに歌手の道を……確かに夢を追うことはいいことだと思うが、これに失敗したら

他に進む道がないんじゃないか?。それとも何度失敗しても必ず歌手になってみせると、

諦めない気持ちを持っているんだろうか。

 

 瑠璃絵さんが休憩時間になったらしいので、ちょっと話してみることにした。

「社音君が、言ってたの?」

「あ、あんまり触れないほうがよかった?だったらゴメン……」

「全然気にしなくていいのよ、私が決めたことだから」

 紙コップのコーヒーを飲みながら遠くを見つめる瑠璃絵さん。

瑠璃絵

「親はね、大学に行けってうるさかったのよね。でも大学に行く4年間でも私は惜しいと思った」

「最近はもっと若い娘とかデビューしてたりするもんなぁ……」

「それで、やっぱり歌手になりたいって言ったら、お父さんが『家を出てけ!』って」

 それって……いわゆる「勘当」ってヤツじゃ……それでも瑠璃絵さんは毅然としているのを

みると、両親よりも歌の方が好きだということか。まあ「独り立ち」というのはそのようなもの

なんだろうな。

「でもね、お母さんはこっそりと仕送りしてくれたりするしね」

「優しいお袋さんだな」

 俺には、あまり実感はわかないけど。ここで話を振られると瑠璃絵さんに気を遣わせないように

でたらめ言いそうになるが。

「それにお母さんの話だと、お父さんもちょっと反省してるみたい」

 俺の親父は仕事があんなだから、俺が何をやろうとしても文句は言えない立場だろうな。

というか俺の方が気が強いから言い負けないだろうけど。まあ妹のことになると違ってくるか。

父親からして娘というのはいつまでも守ってやりたい、そばに置いていたい存在なのだろう。

あるいはいなくなると寂しいものなのかもな。

「だからね、両親を安心させるためにも、今までよりも歌手になりたい気持ちが大きくなったの」

「立派だなぁ」

 俺は胸の前で小さく拍手した。早いうちに将来の目標を決められた人は素晴らしい、というか

うらやましいな。だって生きがいもなくだらだら勉強しているのは、生きている意味がないじゃ

ないか。今の俺は与えられた宿題だけやってるロボットのようなものだ。人間らしい生き方を

早くしてみたいな……

「何も自分の夢のためだけに生きるだけじゃないよ」

 悩む俺に瑠璃絵さんが声をかけた。

「ボランティアとか、人のために活動するなんてあるじゃない」

 ボランティアね……ボランティアするためにそういうサークルに入る人の気は知れないが、

ふとしたときに手伝おうかな、ってことはある。だけどそれは、ほとんどが女の子への下心

だったり……(汗)でも、一人の女性のために生きる男の道っていうのもあるかもな。それが

俺に似合う似合わないはともかくとして、そういう相手が見つかったなら、自分を捨てても

護ってあげたいのかもしれない。

 瑠璃絵さんはどうなのだろう。愛する男性のためには、歌手への夢を捨てられるのだろうか。

……どういうシチュエーションかわかんないけど。


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