ご機嫌の理由


 夜、急に小腹が空いた。

 俺は基本的に間食はしないのだが、それは買いに行くのが面倒なだけであって、食べるものが

あればそれほど空いてなくても口にしてたりする。それでも太らないのは遺伝のおかげか。

しかし今ここに間食できそうなものはない……あるのは炊いたご飯くらいだが、夜食でお茶漬け、

という気分でもなかったので、コンビニに行くことにした。今まではコンビニさえも行くのが

面倒だったのが、最近ではその足取りも軽い。理由は……まあ単純なわけで。

 

「あ、テツ君いらっしゃい」

 カウンターに居るのはもちろん瑠璃絵さん、そして瞳由ちゃん……

「あれ、瞳由ちゃんは……」

「ああ、彼女ならクラブの都合で、来る曜日変えたんですよ」

「あ、そうなんですか」

 そういえば顧問の先生が変わったとかなんとか言ってた気が……そのせいかも。それにしても、

俺らバンドクラブの顧問て誰だ?一度も見てねぇぞ……

「もしかして、彼女目当てだったのかな〜?(^^)」

「え、いやそういうわけじゃ……(*^^*;」

 俺はそそくさと買うものを選んでいった。おやつといえばポテトチップ。あとジュースは

甘めの方がいいかな、500mlのボトルを冷蔵室から取り出してレジへ。

「お願いします」

「はい、2つね」

 手際よくバーコードリーダーに通して値段を出す。やはりいっぱいバイトに通ってるから

もう慣れっこなんだろうな。財布を見ると小銭がいっぱいあったので、釣りが要らないように

ぴったり出した。

「そういえば、ライト(猫)は?」

「眠たそうだったから、奥の部屋に寝かせてるの、ここじゃ明るいから」

 たまに電気をつけたまま寝ちまうこともあるが、結構眠れるもんだ。まあ目が覚めるのも

早いんだけど。

「もしかして、そっちが目当てだったり?(笑)」

「いや、それは明らかに違います(^^;」

 ここで『瑠璃絵さん目当てです♪』なんて言ってみたかったが恥ずかしくて言えず……

他の客もいることだし。って客がいなくて2人きりの方がもっと恥ずかしいが。それにしても……

「なんか瑠璃絵さん、いいことあったんですか?」

 いつも明るい表情の彼女だが、今日はさらに嬉しそうに見えた。

「やっぱり顔にでちゃうかな?」

 頬を両手でおさえながらまた笑顔が現れた。

瑠璃絵

「実はね、ボーカルオーディションの書類選考に通ったの!」

「へぇ、それはすごい!おめでとう」

 たまにTVでそういうオーディションの一部始終を放送しているのを見たことがあるが、

大量の書類の中から歌手で成功しそうな人を選ぶのは至難の業、そして選ばれる方はよほどの

強運の持ち主だ。瑠璃絵さんは今まで何回も応募しただろうけど、書類選考を通ったのは

数少ないだろう。でも夢を諦めずに応募しつづけた結果だ。

「まあ喜ぶのはまだまだ早いんだけどね。1次、2次と審査はあるだろうし」

 確かに、同じように選ばれたライバルも何十人といる。そしてそこから面接などより詳しく

審査されていくことだろう。実力があってもそういう場所で緊張しすぎて力が発揮できなければ

デビューには程遠い。でも瑠璃絵さんは大丈夫だろう、あれほど人前で歌っているのだし。

でももしかしたら彼女よりもっと有力な人もいるんではないかと思うと、俺の方がいてもたっても

いられなくなってしまう。

「あのさ、その1次審査のとき、俺も会場に行っていいかな」

「え……それは心強いけど、関係者以外は入れないと思うけど……」

「いいんだ、外で待ってるから」

「それに、落ちたとき恥ずかしいし……」

 やはり瑠璃絵さんも不安は抱えているのだろう。彼女自身は、自分は一般人だと思ってるの

だろうけど、俺は特別な才能の持ち主だと思ってるから十中八九通るとは思ってる。

「でも受かった時の笑顔を一番初めに見てみたいし」

「テツ君……」

 瑠璃絵さんのちょっと驚いたような顔を見て、自分で何を言ったのか思い出して顔が熱く

なってきた。半分冗談「のように」言ってみたのだが……

「ありがとう、じゃあついていってもらおうかな」

 彼女の言葉に、いろんな意味でほっとした。

「じゃあこれ以上邪魔しちゃ悪いから、帰ります」

「またね。ありがとうございました♪」

 店を出るときには空腹感はどこへやら、買ったものはあまり必要にも思えなかったが、

俺は鼻歌を歌いながら自転車をこいだ。彼女も当然だが、俺も審査の日が待ち遠しいな。


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