青と藍


 日曜はヒマだ。……そう言うと授業があったほうがいいのか、なんてこと言われそうだが、

土曜に十分休んでるのにもう1日休みというのは無駄じゃないかということ。どうせなら

水曜日くらいが休みになってくれるといいなぁなんて考えたりして……

 昼近くに目覚めた俺はTVでもボーっと見ながら飯を食べることにした。この時間帯は

芸能ニュースがあって、平日学校に行ってる俺にとって数少ない芸能面での情報源だ。その方面に

あまり興味が無い俺でも、話がついていける程度に知っておかなければな。それに最近は、

本当に興味が出てきたのかもしれない。

『……人気漫画「Super-Ability」の初の映画化にむけて声優陣が……』

 が、それもこれを聞いて萎えた(ぉ エンターテイメント全部紹介されるものなのか?

あんまり興味を持ちたくなかったが、山藤が声優を務めると言っていたのを思い出し、

イヤイヤながら見ることに……

『……今回謎の少女役の 青天 美沙(あおぞら みさ) さんが……』

 もの凄い名前のひとが登場したが、結構人気の声優だと聞いた覚えがある。まあ芸名みたいな

ものだろう。その他芸能人でも声優初挑戦、な人がコメントをしていたが、肝心の山藤は

現れなかった。出てるならTVに映ってもおかしくないのだが、もしや……

『……ここだけの話、謎の少女役にはやまふじあいこさんが選ばれるのではという話もあったの

 ですが、シナリオ上最も重要なキャラクターなので、ここは本職の方が選ばれたのですね。

 正に「青は藍より出でて 藍より青し」といったところですね』

 よくでしゃばる芸能リポーターがベラベラ喋る。山藤が出てないのはこれではっきりしたが、

何もそこまで言わなくてもいいじゃないか……というかなんで配役変えたんだ?思わず親父に

文句の電話でも入れてやろうと思ったが、原作者は実はあまり映画に関与してない、って

言ってたしな……それでも携帯を持つ手は無意識に電話をかけていた。親父にではなく、山藤に。

『……もしもし』

「あ……山藤……」

 自分から電話をかけたのに、なんて話し掛ければいいかわからない。俺があーだのうーだの

うめいていると、

『もしかして……今TV見て……?』

 山藤のほうから切り出してきた。俺の考えを見透かしているような……というか、彼女も同じ

番組を見ていたのだろう。なんか声も暗く聞こえる。

「ああ……わざわざ言う必要ないのにな、声優変わった、って」

 彼女のおかげで言葉は出たが、これってフォローどころかダメ押ししてるような気も……

しかし彼女は気丈にも、

『そんなことは気にしてないよ、この仕事ではよくあることだから……』

 それを聞いて安心したが、それでも山藤は元気が無いように聞こえる。内心はやっぱり

気にしてるんだろうか。

『でもね、「青は藍よりも……」って言葉は嫌いなんだ、立場なくなっちゃうから……』

 ああ、さっきのリポーターが言ってた……あれは名前がたまたまそうなってたからあの人が

勝手に言い出したのだろうけど、確か本来の意味は「弟子が師よりもすぐれている」とか

じゃなかったっけ?きっと「その筋の人に任せるべき」とかと思い違いしているのだろうが……

どちらにしろこの言葉では、藍はあまりよく言われていない。その字が入っている山藤は、

小さい頃からその言葉を気にしていたのだろう。

藍子 & 美沙

「ああいう人は人の悪口ばっか言ってんだろ、自分に自信持てよ」

『だから、気にしてないって……』

 ドラマでは名演技の彼女でも、今のは素人の俺でもわかるくらいの嘘だった。ここで

勇気付けてやらなければ、と思った。今それができるのは、俺しかいないかもしれない。

「俺は、こんな言葉を知ってるぞ」

 でまかせでも、間違いでも、何でもよかった。

「『藍は青を出だして青より藍し』ってな」

 …………

『……なぁにそれ〜、特に「藍し」って〜』

 涙声に混じって、笑い声が聞こえてきた。本当にでまかせで意味の無い言葉だったかも

しれないが、一番彼女にふさわしい言葉と自分でも思えてきた。

 その後は普段の性格を取り戻し、映画に出る声優、特に青天 美沙の悪口(大したことないが)を

聞かされることとなった。いやそこまで元気になっても困るんですけど……気付けばその芸能

ニュース番組は既に終わっていた。

『あの言葉、私の座右の銘にするね』

 彼女のこの言葉で電話は終わった。そんなにいい言葉だったかなぁ……名は体を表すというか、

自分の名前が入っている言葉には敏感になるものだろうか。俺の場合は……絶対にないからなぁ

……「鉄」や「哲」とかには反応するけど。


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