最終決戦(後)


「……!…………!!」

 ……なんか遠くのほうで騒いでるな……って、俺今……気を失ってたのか?確か、ええと……

荒井田に殴られて吹っ飛ばされて……眉間と後頭部がズキズキするぞ、後ろの下駄箱に

頭ぶつけたのか……そんなに長い時間じゃないと思うけど、気を失ったことなんて初めてだなぁ。

 ところで周りはうるさいな……そんなにザワザワ言ってたら頭に響くんだけど……とくに

あの荒井田にガミガミ叫んでる女子生徒、なんとかならんもんか……

「……藍子!?」

 ぼんやりとしてた意識が一気にはっきりする。その叫んでるのは、まぎれもなく藍子だった。

そういえば荒井田が呼んでたとかなんとか言ってたっけ……俺が殴られたあとに丁度すぐ

やってきたのか。

「テツ!?大丈夫なの?」

 俺がうめきながら身を起こすのに気付いて、藍子が寄ってくる。

「ま……大丈夫ではないな……」

「初め揺すったときに起きなかったから、ホント心配したのよ?」

 そんなに?俺って結構貧弱なほうなのかなぁ……殴り合いのケンカなんてやったことないから

……半分泣きそうな藍子の顔の向こうに、今だ怒っている荒井田が近づいてくるのが見える。

「そんな弱い男なんかかばう必要ないって、口だけの男に騙されるなよ、あいこちゃん」

 男は強くなきゃ、ってか?つーか口だけって、俺そんなに喋るほうじゃないんだが……奴は俺が

口先で藍子を言いくるめてると思ってんのか?むしろ彼女のほうからよく話して来てるんだけど

……どうせ何を言っても無駄なんだろう。こうなりゃヤケだ、俺だって殴られっぱなしで

いいと思うわけじゃない。1発向こうにもお見舞いしてやる、と体を起こそうと……

「あなたなんかには騙されないわよ!でも……」

 俺を起こそうとしていたと思われる藍子の手は、いつのまにか押さえつけて俺が起きれない

ようにしていた。何度目か荒井田に向けて叫んだあと、ゆっくりと俺のほうを向く。

「テツになら、騙されてもいい……」

藍子

 そう言っただけなら「俺がいつも騙してるみたいじゃねぇか」と返そうと思ったかもしれない。

それが出来なかったのは、藍子が涙を流していたからだ。一しずくが床に落ちたとき、意識は

はっきりしていたが、ある情景が走馬灯のように思い出された。ある日藍子が芸能ニュースで

話題になったときの、あるキャスターの一言。

『やまふじあいこさんって、明るい役柄が多いですよね。今まで涙の演技って一度も無いんですよ』

 それが役者にとってどうなのか、今は考えることはできないが。目の前の涙は、本心からの

ものだ。例え演技だとしても、俺が殴られて悲しいと思ってるのに変わりはない。彼女は

俺のために泣いてくれているんだ……

 その涙を荒井田も見たのか、さすがに途方にくれたらしい。奴にとっては自分が泣かせて

しまったと思ってるんだろうな。次の言葉が出てこずオロオロしているようにも見える。

それは俺も同じことなのだが……

「おい!何してるんだ」

 沈黙を破ったのは、野次馬生徒をかきわけて現れた先生……その姿を見て一目散に逃げ出す

荒井田。逃げたって目撃者いっぱいいるんだからバレるのにな……

「きみ、大丈夫か?」

「あ、大丈夫です……」

 あまり見慣れない先生に声をかけられ、つい大丈夫と答えてしまう。まあ今は頭の痛みも

大分和らいだけど、今度は心にズキリとするものが残った。先生が野次馬生徒にさっさと帰るよう

言っているうちに俺は立ち上がる。ちょっと立ちくらみはしたが自分で歩いて帰れそうだ。

「藍子……ありがとうな」

 偶然とはいえ丁度居合わせて、俺をかばってくれた礼を言った。うつむいていた藍子が

顔を上げると、目は赤かったが涙は拭かれたあとの顔だった。

「……どうだった?私の……迫真の演技は」

 涙をごまかそうとしての台詞だろうが、素人の俺にもわかるような嘘だ。

「……大根だよ」

 

 結局荒井田は、「マンガ家」のことはバラさずに行ってしまったらしい。それはそれで

一安心だが、今度はあれだけの生徒たちに見られたんだ、俺と藍子の……「やまふじあいこ」の

仲ってのがウワサされるんだろうな……彼女が芸能人じゃなかったら嬉しいことだけど。

そう思ってるのは俺だけなんだろうか?でもその性格が、藍子の興味を引いたのかも……


Next Home