二次審査の日(後)


「……!…………!!」

 ……なんか遠くのほうで騒いでるな……って、俺今……ぐっすり寝てたのか?確か、ええと……

エレベーターが止まって、業者の人が来て修理してくれるの待ってたんだっけ……睡眠不足

だったからまだちょっと眠いけど、寝てるところ人に見せるわけにもいかないな。

それにしても外で叫んでる人、耳に響くぞ……

「……くん、テツくん!そこにいないの?!」

 ……あれ、瑠璃絵さん?もうオーディション終わって駆けつけてきてくれたのか?

とりあえずいることを伝えておくか。

「……瑠璃絵さん、聞こえる?」

「テツくん!?大丈夫?」

「ああ、逆に居心地がよくて眠っちゃってただけ」

 しかしオーディション終わっちゃうほど寝てたのか……?その間業者も来ないなんて、

一体どのくらい待たせるんだ(待つというより寝てたけど)気になって時計を見るが、真っ暗で

よくわからない。ライトを付けると……なんだ、まだ30分も経ってないんじゃないか……って?

「あの……瑠璃絵さん……?」

「なぁに?」

「その……オーディションは……」

 急にすごい隔たりができて聞こえなくなったのかと思うほど声が聞こえなかったが、

やがて瑠璃絵さんの声が聞こえてきた。

「行かな――かった」

 ………………

「……え」

 ……流れでちょっと想像はしてたが、俺には理解できなかった。当然だろうが、3次審査に

残るなんてことはありえない。つまりデビューへの可能性を自分から捨てたのだ。

「なんで……なんで行かなかったんだよ」

 自分でも抑えられないほど声が震えていた。俺が余計なこといったから心配かけて、

オーディションどころではなくなったとでもいうのか。来てくれたのが嬉しいとか思う以前に

自分のせいで彼女の夢を潰してしまったという憤りで、情けなくなってきた。

「あのね……心配だから、ってだけでここに来たんじゃないの……」

「……自信がなかったって言うのか?……瑠璃絵さんなら絶対うまくいくって、俺言ったじゃ

 ないか……!」

「だから、また次のオーディションでもここまで来られるでしょ?」

 ……そ、それは……瑠璃絵さんは、2次審査は2回目と言ってた。どんなに実力があっても、

書類審査のときに審査の見落としがあって通れないことも多い。つまり今回は運が良くて、

その運を2人で育てていこうって思ってたのに……返す言葉は思いつかなかったが、まだ俺は

瑠璃絵さんの行動に納得がいかなかった。

「次は――また一緒に行ってくれるよね」

 眠気はもうどっかに消えてしまっていた。だからこの涙はあくびのせいではない。

自分へのやるせなさと瑠璃絵さんの愛くるしさで胸からこみ上げてくるものがあった。

「……うぅ」

 肯定の返事をするつもりが、声にならなかった。子供の時ならともかく、この年になると

泣きながらも頭の中では意外と冷静に考えられると思っていた。でも泣くことをやめることは

できない。鼻をすする音が瑠璃絵さんにも聞こえているだろう。情けない。だが嬉しかった。

 ガコン

 丁度そのとき照明がつき、エレベーターが動いた。どうやら修理の人が到着して、

電気系統を直したのだろう。とっさに俺はすべての階のボタンを押した。瑠璃絵さんの

顔を早く見たかったからだ。エレベーターは3階と4階の間で止まっていたらしく、

3階で扉が開いた。瑠璃絵さんも3階にいた。

「テツくん……」

 瑠璃絵さんは泣いて……いるかどうかわからなかった。もう俺は涙でほとんど見えなかった。

気付けば駆け寄って、彼女にすがって泣いていた。

瑠璃絵

「ごめ、ん、瑠、璃絵さん、お、俺……」

 大声で泣き叫ぶことはなかったがどちらにしろ子供だ。俺より背が低いはずの瑠璃絵さんが

俺の頭を撫でてくれた。

「……そろそろ修理してくれた人が来るよ、こんなとこ見られたら笑われちゃうよ?」

 階段を上がってくる足音が聞こえる、俺は急いで目をこすった。目が赤いだろうが

それは仕方が無い、まあ散髪嫌いで前髪が長いのが救いか。これだと閉所恐怖症だと疑われて

しまうからな……

 業者の人に礼を言って、瑠璃絵さんも見送った。最後に見た瑠璃絵さんの目も、すこし

赤くなっていたような気がした。


Next Home