姉じゃない


 休みっていうのはなんで昼まで寝ちまうもんなんだろうな、前日いつも通りの時間に寝てても。

さすがに休みの日に目覚ましかけて起きる気にはならないが、こうも寝すぎると、朝の時間が

もったいないな〜とか思ってみたり。だからといって勉強とかやるわけでもなく……朝から

ゲーセンというのもさすがに気が引けるし。

 とりあえず昼飯だが……ああ冷蔵庫の中は目ぼしいものなかったんだっけ。昼飯はコンビニで

済ませるとして、冷蔵庫の中の買い物は飯食ったあとか……朝早くおきて買い物行きゃ効率

よかったのだがな。とにかく顔を洗って服を着替えて、自分の部屋を出た。

 

「テツ君、いらっしょいませ♪」

「あ……」

 不用意にコンビニに買い物にきたのだが、迎えたのは瑠璃絵さんだった。あの一件から

ちょっと会いづらいな、と思っていたのだが……いつものノリでやってきてしまった。

「? どうしたの?」

「い、いや……なんでもないです……」

 瑠璃絵さんは気にしなくていいと言ったが、本人を目の前にして思い出さないわけがない。

商品を手にしている時も彼女の視線が気になる(万引きをしようとしているのではないぞ)……

ちらっと振り返って見てみるが、にっこりと微笑んでるだけだ。本当に瑠璃絵さんは

俺のこと許してくれてるのかな、そりゃあれは事故だったんだし、瑠璃絵さんも俺のところに

来なければオーディションで2次審査通っていたかもしれない。ああ、でもまた考えてるうちに

罪悪感がこみ上げてきたぞ、あのときエレベーターに乗らなければとか……

「瑠璃絵さん、あのときは……ゴメン」

 気付けば、商品をカウンターに置きながらも瑠璃絵さんに謝っていた。彼女はキョトンとして

「また何言ってるの、テツ君は悪くないって……もうあの話はしないって約束したじゃない」

 約束……したかもしれないが、あの時は俺も気が動転して彼女にすがり付いて泣いた後の

ことはあまり覚えていない。彼女がそう言うのだったら約束したのだろう。でも……

「瑠璃絵さんはなんで……寛大でいられるんだよ、夢をつぶ……夢から遠ざかったんだよ?!」

 彼女の行動を非難するわけではない。もしオーディションがなかったなら俺も素直に嬉しかった

だろうけど……そんな簡単に夢を諦める人であって欲しくなかったから。

 その瑠璃絵さんはじっと俺のほうを見ていたが、やがて口を開いた。

「テツ君……夢は変わってくものなんだよ」

「……え、それじゃあ……?!」

 まさか歌手になる夢を諦めたんじゃ……だがそんな考えを察してか瑠璃絵さんは頭を横に降り、

「ううん、歌手になる夢は変わってないよ、ただ」

 一瞬目があってから、瑠璃絵さんは恥ずかしそうに目をそらし

「いつもそばにいて応援して欲しいな、っていうのも……」

瑠璃絵

 瑠璃絵さん……俺も彼女のように目を泳がせた。今他の客がいたらメチャクチャ恥ずかしい……

俺は彼女と初めて話をしたとき、いいお姉さんって感じがした。俺には妹だけだし、母さんの

こともあんまり覚えてなかったから、なんかそばにいて嬉しい存在だった。俺が子供のように

彼女にすがりついて泣いたのも、自分が彼女の弟みたいだから……と思っていた。でも違う。

多分俺は(ひどい話だが)家族のために泣くような奴じゃないと思う。俺自信のやるせなさだけでは

なく、彼女の健気さにも泣かされた。あれほど俺の弱さを見せたのは、瑠璃絵さん以外に

いないだろう。彼女にだけなら俺の全てを晒せるような気がした。

「瑠璃絵さん……」

 次の言葉は浮かばなかったが名前を呼ばずにいられなかった。瑠璃絵さんも何も言わない。

それでもしばらくこのままでもいいと思った……そんなときに限って客の集団が……

俺の買った商品を袋にいれてなかったことに気付いた瑠璃絵さんは、客に挨拶すると慌てて

袋を手にとった。

「あ、ありがとうございましたっ」

 他の客に変に見られないように、普通に対応しようとする瑠璃絵さん。事情を知ってる人(俺)

から見ればそれはかわいい仕種……袋を受け取る時にこそっと

「また、頑張ろうね」

と彼女に伝えた。彼女は黙って笑顔で返してくれた。


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