ウラギッテデモ


 登校時、中学からの3人が会うことがよくある。佑馬がボケ、俺がツッコみ、そして

七希菜ちゃんが笑う。この関係はいつまでも続くと思ってた。佑馬と七希菜ちゃんが

付き合いだしてからは、多少は違ってくるとも覚悟してた。だがその「違い」は、

俺の予想外の方向へ曲がってしまっている。

 七希菜ちゃんが俺にチョコをくれたあの日から、七希菜ちゃんの笑いがはっきりと、

佑馬に合わせるために作ってるというのが見えてきた。彼女は隠し事をするのが下手だ。

それでも気付かないのは浮かれまくりの佑馬くらいのものだろう。そして今日も……

 

「七希菜ちゃん」

 偶然下校時に帰っているところを見かけたので、走って追いつく。彼女は立ち止まって

待ってくれた。近くに佑馬はいないが……

「ちょっと話があるんだ……佑馬は?」

「……多分将棋部の方に……」

 佑馬の話をしてちょっと暗くなる。やっぱりうまくいってないんだろうか、いや、

佑馬は相変わらずだから、七希菜ちゃんの方が飽きてしまったとか……

「あのさ、単刀直入に聞くけど……佑馬のこと、嫌いになったのか?」

 こういうことは遠まわしに聞くよりもはっきりと聞いたほうがいい。七希菜ちゃんのような

娘にだったらなおさらだ。それに……俺にならなんでも話してくれるとも、なぜか思っていた。

彼女はちょっと驚いた顔をしたあと、ゆっくりと首を横に振り、

「嫌いになったわけじゃないんです……佑馬君は楽しい人ですし……」

「でもなんで……あいつを裏切ったんだ」

 佑馬だけにチョコを渡すべきはずだったのに。佑馬も他の男、例え友達でも義理でも渡すなと

言っただろうに。どうして俺に――本当は俺は答えを知ってるのかもしれない。俺にチョコを

くれた理由が。でも俺の口から言うことでもなかった。それに彼女から聞かないと信じられないと

いうのもあったのだ。七希菜ちゃんはしばらくうつむいた後、おずおずと俺のほうを見上げて……

口を開きかけて、また閉じてしまった。俺を見つめているその瞳は潤んでいて、今にも溢れそうで

見ているだけでドキドキする。佑馬も見たことがないだろう七希菜ちゃんのこんな表情に、

俺も心を打たれつつあった。

七希菜

「この頃……やっと『恋心』がわかったような気がするんです……」

 なんとかしゃくりあげないよう声をしぼり出すようにしゃべる七希菜ちゃん。佑馬と恋人同士に

なってからわかったって、やっぱり佑馬のお陰で理解できたんじゃないのか……?

「佑馬君は好き……でも友達としての好きでしかないということも……分かった」

 違い、か。単純に好きだから付き合う、なんてものじゃないんだよな、いないと寂しい、

くらいの感情がないと本当に恋してる(あるいは愛してる)とは言えないものなのかもな。

かく言う俺も、今だ漠然としていた。

「佑馬君は……悪い言い方かもしれないけど、自分のことしか考えてない……私の意見を

 聞いてくれない……」

 その言葉を聞いてクリスマスパーティのことを思い出した。友達と一緒にやりたいと言ってた

七希菜ちゃんに対して、二人きりでデートしたいという欲望(これも一方的な言い方だが)を

通そうとする佑馬。確かにあの時は、佑馬はちょっと意固地すぎたのではないかとは思ったが、

あの時だけじゃなかったのか。

「テツ君……は、人のことを考えてくれてる……私のことも」

 七希菜ちゃんが意外なことを言った気がした。俺が人のことを……?俺だって自分のこと

ばかり考えてるような気も……でもいろいろ考えて整理してから喋ってる分、考慮のある

発言と思われてるのかもな。まあ八方美人とも言うが。それがそんなに七希菜ちゃんにとって

嬉しかったのか……でもこれじゃ、佑馬から七希菜ちゃんを奪うために優しくしてたように

思われるかもしれない。いや七希菜ちゃんはそんなこと考えないと思ってるけど。でもこれだけは

言っておきたかった。

「俺は……佑馬を裏切るようなことは……」

 七希菜ちゃんの気持ちも受け止めたい。だがそうすると、佑馬に合わせる顔がない。

このままの仲良し3人組でいたかった。でも七希菜ちゃんがこういう気持ちになって

しまったのならもう無理だとも分かっていた。そして七希菜ちゃんのさらに一言――

「じゃあ……私の気持ちは、どうなるんですか……!」

 七希菜ちゃんはいきなり俺の胸をぶって、そこに顔をうずめて……とうとう泣き出した。

どうしよう……ここは抱き寄せ――るのは早いよな、腕を背中に回して軽く叩いてあげる

くらいだ。でもここまで思いつめてたとは……純粋な分だけ傷つきやすい、その傷が俺にも

ひしひしと伝わってくる。俺なんかが乱暴に触れたらすぐ壊れそうな心だが、それを守れるのも

俺でしかない。佑馬ではなく。

「こうなっちゃったことは……あいつに言わなきゃならないよ?」

「……ええ」

 まだ涙を流しながらも顔をあげる七希菜ちゃん。この後多分、今と同じくらい辛いことが

待ち構えているのだ。

「どんなに非難されるか――でも、俺も一緒に非難されてやる」

「テツ君……」

 再び顔をうずめられた時には、はっきりと抱き寄せていた。


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