照下 あおい


「……益田……」

 ベッドに横たわっている益田の右腕の、包帯とそれににじんでいる赤い色が痛々しい。

制服の上から切られたのだろうから、かすめたくらいではこのような傷はつかない。

それでも深くまで刺さったようでもなさそうなのが不幸中の幸いか。

「それ……本当にあおいちゃんが……?」

「……そうね、でも私が悪いのかもね……」

 呼んでおきながらそっぽを向いて……あるいは故意に俺と目を合わせないようにしている。

「あの娘が好きな人を、知ってて取ろうとしたからね……」

「じゃああのチョコは……」

「そ、私が作ったの……素直に私からって言ってれば、こんなことにはならなかったでしょうね」

 益田がそこまで俺のことを好きと思っていたなんて……会えば衝突ばかりしてたから、

思っても見なかったけど。確かに最近の俺に対する益田の反応は、違和感があったような……

「あんたが、正輝に似てなかったらね……」

「正輝って、あおいちゃんの……」

「2年前、私とあおいの目の前で交通事故に遭った、あおいの1つ下の弟、私の好きだった……」

 益田は傷をさすりながら淡々と話しだした。

「今でもはっきりと覚えてるわよ、サッカーボールを追いかけて道路に飛び出すなんてね……

 あの子ボールが好きだったから……」

 ボール、丸い――だからあおいちゃんは丸いものを弟の代わりに……そして益田も、

好きだった彼のことを思い出したくて……

「あおいは明るい娘だった、でもあのときあおいは思い切り泣いた。泣いて泣いて、いつのまにか

 笑わない娘になってた。あおいがそうならなかったら、私がなってたかもしれないけど」

 好きな人が目の前で事故に遭ったら……そりゃ泣き叫びたくなるだろうけど、彼の姉で

親友に先に泣かれたら、慰めてあげなきゃならなくなるんだろうな……

「あおいを元に戻そうと頑張ったけど、半分苛立ちもあったから、どうしてもきつく

 当たっちゃうのよね。私だって泣きたかったのに……」

 今そう言っている益田の目からは、ボロボロ涙がこぼれている……益田は隠そうとしないし、

拭こうともしない。

「そんな時にあんたがね……あの娘も初めは弟に似てるから、って仲良くしてたんでしょうけど、

 今じゃ一人の異性として見てるみたいね」

 俺が死んだ弟に似てるから、俺に興味を持ったというのは事実か……なんか複雑な気分だ、

あおいちゃんと仲良くなったのは嬉しいが、弟の死のお陰みたいな感じがする……

「でも私は……今まで苦労してあおいにしてきたことが、あんたのせいで無意味になったのが

 腹立たしかった。うらやましくもあった。そのうち、あんたからあおいへの嫉妬に移ってる

ことに気づいたときは……あんたが正輝に似てなかったら、あるいは私が正輝を好きじゃ

なかったら、こんな気持ちにならなかったでしょうね……」

 益田はこちらを向いていた。まだ涙を流している目で俺を見ていた。

「今日あおいにチョコのことを尋ねられて、私は気持ちを全て打ち明けた。『タイトが好き。

 あおいには渡したくない』って。そしたらあおいが……あんなことする娘だとは思わなかった」

「俺も……だ」

 あおいちゃんが包丁を振るったことも、益田が俺のことを好きだという気持ちも……

唐突過ぎてどう言っていいかわからなかった。わかっているのは、俺の気持ち……

あおいちゃんと益田、どちらが好きかということだ。その答えは……

「でも益田……俺は」

「言わないでっ……言わなくてもわかってるわよ、私があおいからってチョコをあげたときに

 あんたの嬉しそうな顔見たらね……」

 え、顔に出てたのか?……多分どういう表情をするか見てたのだろう。そのためもあって

あおいちゃんからなんて言ったのかもな。

「あーあ、振られちゃったわねぇ……」

「益田……悪い」

「謝ることなんてないわよ、そんな暇あったらあおいのところ行きなよ……一人にさせてよ」

 語尾の方は泣きたいのを我慢して消えかかっていた。益田からの言葉であおいちゃんのことが

気になって……一瞬益田のことを忘れたことに罪悪感を覚え……でも気持ちに正直でありたい。

俺はあおいちゃんのことが好きだ……

「俺、行くから……」

「いちいちいいから……」

 益田は向こうを向いて怪我してないほうの手を振った。俺のせいなのだが、そっとして

おいてやろう……俺はカーテンを閉め、ベッドから離れた。保健室の戸を開け……閉める。

保健室の中から、少女の大きな泣き声が聞こえてくる……

 

「……あおいちゃん」

 保健の先生に連れられて、あおいちゃんが歩いてくるのが見えた。俺が名前を呼ぶと顔をあげ

……それから見る間に涙目になった。

「タイト……さん」

「1週間の停学だってね。まあ寛大な方じゃないかしら」

 先生がそういってから、あおいちゃんの背中をポンポンと叩く。そのまま俺とすれ違って

保健室の方へ……益田のことも慰めてやってくれよな。

あおい & 恵理

 そしてあおいちゃんに向き直る。しゃくりあげるほど泣いていた。きっとこれほど泣いたのは

弟が死んだとき以来じゃないだろうか。でもこの涙は意味が違っていた。

「あおいちゃんの気持ちになかなか応えられなくてゴメン……」

「いえ……いいえ……」

 あおいちゃんは頭をブンブン振った。俺は駆け寄って……そして抱きしめた。

「あおいちゃん、好きだよ……」

「わた、わたしも……っ!」

 俺に身を任せて、そんなに大きい声ではなかったが、俺にははっきりと聞こえた。

「好きです……」


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