芝居


 気づけば、学校の屋上に来ていた。梅雨の時期なのに空は晴れていたが空気は生あたたかい。

そして隣には山藤がうつむいて立っていた。

「あのね、話っていうのはね……」

 そうか、山藤が連れてきたのか。にしても普段の彼女と違って表情は暗い……というか

か弱く見えた。そしてその「話」というのが何なのか、なんとなくわかったような気がした。

「出会ったときから、あなたのことが……好きだったの」

 ……予想はしていたが、いざそう言われるとなんと言っていいかわからず頭の中が真っ白に

なりそうだ。だが何とかして言葉を出してみた。

「俺も……お前のことが気になってたんだ。もしかしたら俺も、お前のことを……」

「テツくんっ!」

 山藤が腕を広げて俺のほうへ走ってきた。彼女をきつく抱いてやるため俺も腕を広げた――

スローモーションのように彼女の腕が俺の顔へ……次の瞬間、目の前が真っ白になり息も

できなくなった。これが好きな人を抱いた気持ちか――

 が、それはコントなどで使うパイだった。

「あはは、見事に引っ掛かっちゃったわねぇ」

 パイを投げつけた本人、山藤が悪びれもせずいたずらっぽく笑った。わけがわかんねぇぞ……

藍子

「いよう、モテモテ君」

 影から現れたのは荒井田……しかしなぜか変な色のヘルメットをかぶっていた。そして手に持つ

看板には「ドッキリ」……

「バッチリ撮らせてもらったぜ、お前の間抜け面を」

 カメラマンや照明係などいっぱい出てきて、パイまみれな俺を中心に笑っていた。いまだに俺は

どういう状況なのか理解できてなかった。山藤たちは皆カメラ目線で声をそろえて

「だーいせーいこーう!」

 ……やっと意味がわかったのは目が覚めてからだった。

 

「……という夢をみたのだが」

「それで?」

 いつもの学校の食堂。そしていつものように俺が食べてる所へ山藤がやってくる。だが今日は

この話(夢)を話したかったため待ちかねていた。

「それでって……山藤っていつも俺に馴れ馴れしいけど、実はそうなんじゃないのかって」

「まーっ失礼ね、そこまでしてTVに出たいとは思ってもいませんからね」

 ちょっとストレートに言い過ぎたかもしれん……それはこっちの落ち度だが、正夢って意外と

信じる方だったり。というかよくデジャヴがあるからな。それを友人とかに言うと決まって

『お前疲れてんだよ』って言われるけど、本人にとってはそうは思えん。

「悪ぃ悪ぃ、でも夢って判断力鈍るからさ」

 わけのわからん言い訳をして謝ってみたが、山藤はそれほど怒っていないようだ。

「じゃあ逆に聞くけど、もし今私が夢と同じように迫ってきたら、どう返事するわけ?」

 パイをぶつけたあとのいたずらっぽい顔で俺の顔をのぞきこむ。そう返されるとは思わなかった

もんだから、見られてる顔はとっても困って見えるだろう……が、今は現実、冷静になって

答えを考える。が、やはり出ぬ……

「はやく……あ。」

 唐突に山藤の視線が明後日の方を向いたのでなんか気がそれたらしくほっとする。しかしそれは

つかの間の幸せだった。

「てめぇ!ぶっ殺す!!」

 物騒な言葉を罵ったのは、同じく夢に出てきた荒井田。当然だがこっちに向かって走ってくる。

皆こっち見てるよ……というかニヤニヤしてるし。まさかウワサとかなってんじゃないか?(汗)

とりあえず殴りかかられても対応できるように立ち上がる。自然と両の拳は胸の前。

「ちょっとちょっと、やめなさいって」

 山藤が間に入ったのでいきなり襲いかかってくるということは無くなったものの、まだ興奮が

覚めやらない荒井田。それを制する山藤。さながら猛獣使いとライオンだな。

「だってよ、あいこちゃんに悪い虫がつかないか心配でさ……」

 じゃあ俺がその変な虫か?むしろ荒井田のほうが害虫だと思うのだが。これが本心かどうかは

知らないが、彼女を他の男に手放したくない「独占欲」というのは認めよう。だがいつの間に

その「他の男」が俺になったんだろう?

「とにかく、私暴力振るう人って嫌いだからね」

 山藤の『嫌い』という言葉を聞いて蒼ざめる荒井田。一瞬がっくりとうなだれるも、直接自分の

名前を言われたのではないことに気づいたのか、ゆっくりと俺のほうに近づき、馴れ馴れしく腕を

首に回してくる。だがその腕力は怒りを無理矢理押さえつけているがごとく重々しいものだった。

俺の耳元で低い声でささやく。

「……まぁ、仲良くやろうや」

 ……彼女のいないところで仲良く「ケンカ」やろう、という意味は察しできた。まだ夢オチの

方がよかったかもしんない……


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