ベランダ


 今日も雨なんで放課後は家の中でぼーっとしていた。こんな日が続くと体がなまっちゃうよな。

って普段も運動してるわけじゃないんだけど。家の中でゴロゴロしながらつまらんTV番組

見てたらそう思ってしまう。なんかすることなかったっけ……

 あ、そろそろ洗濯しなきゃならなかったかも。雨の日=洗濯できないと思いがちだが、この

マンションには乾燥機も装備されてるのでこんな日でも洗濯して干せるんだったな。まあ

ベランダも雨が振り込まないので多少は干せるのだが。というか乾燥室=ユニットバスに干す量に

限りはあるのでベランダに干さざるをえなくなるんだけどな。ところでこれで運動不足が解消

できるのか?

 

 洗濯機で洗って絞って、かごに入れる。シャツとか長いものはベランダに干すと下につきそう

なので優先的に乾燥室へ。タオルや下着はベランダ行きだな。風が強くなきゃいいのだが……

雨はシトシト降っていて、風もそれなりに吹いているが大丈夫だろう。残りの洗濯物が入った

かごを持ってベランダに出た。

 雨は好きじゃないが、夜の雨はそうでもない。外に出ないから客観的に雨が降るのを見ることが

できるからだろうか。TVの砂嵐は胎児のときに母親の中で聞いていた音と同じなので実は

(画面を見なければ)落ち着く音らしいが、雨もそれに似ているのからかもしれない。母親の

愛に飢えているのかもな。なんせ俺の母さんは――

「テツ君?」

 突然声がかかったので洗濯物を取り落としてしまった。だがよく考えてみればそんなに

ありえないことでもなかった。隣のベランダから瞳由ちゃんが覗き込んでいる。

「あ、ゴメン、びっくりした?」

「いや、大丈夫……」

 彼女は風呂上りか髪が濡れていた。そしてもうパジャマ姿だった(もう、といっても11時前か)。

目のやり場困ったのでとりあえず洗濯物を再び干すことに。

「洗濯してたんだね」

「君は心の洗濯を、だな」

「あ、そうだね、一緒だね♪」

 ……やっぱり思うのだが、彼女はやけに気が合いすぎるような気がする。無理に合わせようと

してる素振りは見えないし(見極めてないだけかもしれんが)。なんか不思議な存在だ。だからと

いって、俺に気があるんじゃと勘違いしてしまう。彼女はこれが自然体なんだ、誰にでもこういう

風に接することができるんだろう。たまたま俺と隣になったから、より親密に思えてしまうんだ。

「これ、邪魔だね」

 彼女がコンコンと叩いたのは、ベランダを仕切る金属板。『非常の際には、ここを破って隣戸へ

避難できます』と書いてある。本当にぶち抜くことができるか試してみたいが、そういう非常な

状況にならないことを願うが。

瞳由

「そりゃ、知らない人が入ってこないようにするためだろ」

「そうだけど……寂しいよね、親しい人とも離されるみたいで」

 親しい人って……俺? まさかな、例えのひとつだろ。余計な期待をしてはならない――

本当はしたいんだけど。でも彼女に恋心を抱くとかそういうのじゃないかもしれない。よく

わからないけど、身近すぎて家族とか兄弟とかに思えるのかも。姉でも妹でもないとするならば

……母親なのか?これが――

「クシュン!……冷えてきたねぇ」

 彼女がくしゃみした。やっぱりそうは見えないな、思い過ごしか――雨は相変わらずで、

ここにいるとさすがにヒンヤリしてくる。部屋のなかに入ってると蒸すのだが。

「そんな格好でいるからだろ、風邪ひかないように布団に入んなよ」

「ありがと。そうするね」

 気づけば、洗濯物は全部干したのにかごを持ったままだった。が今更置くわけにもいかないので

照れ隠しで背中へまわす。

「おやすみ、テツ君」

「ああ、また明日」

 瞳由ちゃんが部屋に戻っても、俺はしばらく雨の街を眺めていた。何を考えていたのか……

ぼけーっとしていた。確か体を動かそうと洗濯したのに、いつのまにか突っ立ってるだけに

なってしまった。俺って運動とか似合ってないんだろうな、だからって文化系というわけでも

ないんだけど。

 しばらくしてさすがに冷えてきたので部屋に入る。時計は11時半を回っていた。明日の準備を

して寝床に入る……雨の音は聞こえてくるが、なかなか寝つけなかった。小さい子供には母親が

子守唄を歌って眠らせてあげるんだろうけど、俺の母さんもそうだったんだろうか。幼すぎて

覚えてないし、本人にも聞きようがないし……親父にでも聞いてみるか。そうだ、一番寂しいのは

親父なんだもんな。

 あんたが死んで14年、俺はこれだけ成長したよ、母さん。


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