違和感


 夏休み最終日。ぐっすり朝寝坊できるのも今日までだ。というか昼過ぎても寝てたんだけど。

ビーマニ手に入ってから夜もやっちゃうからな〜、これも専コンの打鍵音が小さいおかげというか

せいというか……で飯食ったら、またビーマニするか♪一応宿題は済ませてるし。

 適当に作って、食べ終わるまでテレビをつけておく。もうワイドショーの時間かよ……どっかで

あった殺人事件やら裁判の行方やら、暗いニュースから始まって芸能ニュース。熱愛発覚なんて

ほっときゃいいのに煽るから……そんな話題が終わった後。

『映画「奇跡の隕石(いし)」主演のやまふじあいこさんが、映画撮影終了後体調を崩し、

 自宅にて休養しているということがわかりました』

 やまふじ――山藤が? 病気とかかからなそうな元気がとりえと思っていたが、映画のロケが

ハードスケジュールだったんだろうか……TVでは、大したことないと伝えられているが。

 ふと携帯電話が目に入った。もう飯も食ってビーマニ、というつもりだったんだが、どうも

気になって電源に手が伸びない。安静にさせてあげるべきなのだろうが、ここはひとつ

「お見舞い」ということで電話してみるか。彼女が有名人だったから知り得た情報とは皮肉だが。

そもそも芸能人だから仕事でダウンしたのだろうが。

 かけて呼び出し音が6……7回。眠っているのか、遠くにあるのか。そろそろ切ろうかと思ったら、

『……もしもし』

 元々音質が悪いからよくわかりにくいが、彼女の声のトーンは前よりもだいぶ低く感じた。

「あ……タイトだけど」

『あなたからかけてくるなんて珍しいじゃない』

「えと、今ニュース見てさ……ちとお見舞いを」

 咳はしていないようだ。まあ咳は風邪が治るとき出るもんらしいし……夏風邪ってバカしか

ひかないと聞くけど、彼女の場合は過労だし。

『ああ、それで……今ベッドで寝てる』

「悪りぃ、起こしちまったか?」

『ううん、横になって本読んでたから』

 やっぱりいつものテンションとは違う、おとなしい山藤の声。芸能活動時はこれと似たような

もんだが、日常でもこれくらいだと俺も話しやすいのだが。

藍子

「明日学校始まるけど、無理か?」

『うん、椎名さん……マネージャーさんも、今はゆっくり休んだ方がいいって』

「俺もそう思う。映画の撮影の方は終わったんだろ?」

『まあね。終わってほっとした瞬間にどっと熱が、って感じだった』

 それはわかる気がする。小学生のとき、終業式の日に荷物いっぱい抱えて家路について、

それが原因で休み初日から布団の中から出られず、なんてこともあったし。まあそれは

ちょっとずつ持って帰っとけばよかっただけの話だ。

『なんかね、役作りが難しいって改めて実感した』

「そりゃ、まあそんなもんだろ」

『自分を表現するはずなのに、「役」だから自分じゃないの』

 ……多分彼女は、ありのままの自分を表現したいのだろう。でもそれ以外の性格を演じなければ

ならないとなると、無理に力んでしまう部分が出てくるのか。

「今回のって、そんなに本性とは違うのか?」

『本性って……自分でもわからないけど、そうなのかも』

 1年生のとき倫理の授業であったが、「他人にしかわからない自分」というものがあるらしい。

意識してなくても、それと同じ性格を演じようとすればすんなりいくのだろうか。俺は無口で

通ってると思っていたが、佑馬たちに言わせれば饒舌らしい。よく知った仲だけかもしれないが。

「そっか……じゃ、差し支えるといけないからそろそろ切るぞ」

『あ、うん……心配してくれてありがと』

 数秒間ケイタイを眺めた後、切るボタンを押した。しかししばらく何をするとも考えられない

ほどだった。まあ山藤のために何か考えようとしても何も起こらないので、後は彼女の回復力次第

なのだが。気を改めなおしてビーマニでDPををやりだしたものの、どうも上手いこと両手が

動かない。何か電話して逆に考え事が増えたような……

 ありゃ、またこの曲選んでるよstill my words、STILL IN MY HEARTと見間違えちまった。

TaQ曲の中では雰囲気が違うのでDPも他の曲と比べて簡単、俺もできるのだが……何かこの曲、

彼女の雰囲気に合うような気がした。それはさっきのか弱い感じの彼女にであって、いつもの

元気とは合わないのだが。

 俺のほうも疲れてるのかもしれない。早々と電源を切り、眠ることにした。


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