いなかった


 う……朝からヤな奴と遭ってしまった……荒井田だ。今までも何度かそれらしい影

(髪を立ててる頭)が見えたら避けるようにしてたが、今日は校門をくぐったところでいきなり

目があってしまった。

「おっ……久しぶりだな」

 なぜかニヤニヤしながら突っ立っている。俺をまちぶせでもしてたのか?でも他にも登校

してきている多くの生徒の目の前で俺を殴ったら、停学以上にはなるだろうが……

俺は無視を決め込んで、荒井田の隣を素通りしようと思ったのだが、

「……オイ」

 案の定というか、奴は俺の襟首をつかんだ。10月から冬服に衣替えした洗濯したての制服をだ。

「上級生にアイサツは無しか」

 ……次に拳でも飛んでくるかと覚悟はしてたが、拍子抜けの言葉に俺も戸惑う。

「おはよう……ございます」

「よし。ならさっさと行け!」

 意外にもすんなり通してくれたのでわけがわからん……今日は虫の居所がいいのか?ともかく

奴の機嫌が変わらないうちに小走りで下駄箱の方へ向かった。

 

 朝のことなどすっかり忘れて、楽しい昼食タイム。といっても一人でなんだがな。佑馬は最近

七希菜ちゃんに合わせて弁当持ってきてるから。当然母親に作ってもらってるんだろうけど。

「あら、寂しそうに食べてるわねぇ」

「ほっとけ……って」

 思わず相手も確認せずにツッコんでしまったが、よくよく振り返って見れば山藤だった。

彼女も制服は冬服になっている。当然のように彼女は俺の隣に座った。

「今日朝ね、あの荒井田って人が待ち構えててね、もう私にベッタリだったの」

 迷惑そうに愚痴りながら食事をほおばる。ああ、朝待ってたのは彼女のことだったのか。

それよりも食べながらしゃべると言うのは普通の人も、芸能人ならなおさらどうかと思うのだが。

藍子 & 三郎

「しょういえや、がふえむしゃひってひゃのすぃかった?」

「……飲み込んでから喋れよ」

 ごくん。

「そういえば、学園祭って楽しかった?」

「んー、まあまあだったかな、山藤は?」

 俺が聞き返すと山藤は、動かしていた箸を一瞬止めた。がまたすぐに動き出したのだが、

「私、学園祭のとき学校にいなかったからね……」

「えっ、なんで……」

「仕事、だったから……」

 ああ、そうだったのか、それは仕方ないか……売れてる芸能人といってもまだ若い、学園祭の

ために仕事をキャンセルするのはわがままと思われるかもしれないからな。そうでなくても、

ここの学園祭は一般公開だから、山藤(というかやまふじあいこ)見たさに大勢詰め寄せて混乱

していただろうし。

「だから俺に聞いたのか」

「中学まではそんなの無かったでしょ?高校生になって初めてのことだったから楽しみにしてたん

 だけど……半分は参加は難しいかな、って思ってた。手伝いもほとんど出来なかったし……」

 ……なんか、クラスの生徒たちとの孤立化がさらに進んでるような気がするな、例え全員が

そう思って無くても、一人が山藤を嫌っていたら、そういう雰囲気はクラス中に漂ってくるもん

なんだよな……学園ドラマではな。

「ま、来年こそは休みとってもらって必ず参加するつもりだからね」

 考え込む俺を気遣ってか山藤は空元気で言ってるようにも聞こえた。俺だって、そんなに友達が

多いわけじゃないけど、どんどん離れていくってのは嫌だよな……かといって、極端な歓迎も

どうかと思うけど。ふと気付いた視線は、遠くのテーブルからだった。

「荒井田、あんなとこからこっち睨んでるよ……」

「え? あ、ホント……」

「なんか居心地悪いし、そろそろ俺戻るよ」

「そう?じゃあ私も」

 荒井田が食べ終わらないうちに、さっさと返膳して食堂を出た。しかしこういう風に山藤と

食堂で、ってのがよくあるよな。弁当は作らないのだろうか。

「ところでさ、弁当とか持ってこないのか?」

「そんなヒマないでしょ? それにあんまり自信ないし」

 呆れたように答える山藤。「仕事」のことに関する話題は今日2つ目だ。あんまり触れない

ようにしてやらないとな……

「あ、そっか」

「……その『そっか』って、『あんまり自信ない』に対して?」

「んなことないって、前者だ前者。ま、俺は一人暮らしだし、朝はぐっすり寝てたいからな」

「いいわねぇ、私なんか2・3時間しか眠れない日だって」

「大袈裟な、未成年だから夜10時までしか」

「台本とか覚えなきゃいけないじゃない」

 ……今日3つ目。なんか今日はやけに仕事へのベクトルが強いような気がするのだが……

そんなところで、2階への階段までやってきた。

「それじゃ、また……あさってね」

「あさって……って、明日は?」

「明日はロケがあるから学校来れないの」

 そう言って自分の教室へ向かっていった……一体なんなんだ?急に……


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