奇跡と隕石


「あおいから、聞いたのか……」

 病院へ向かう車の中、三樹男さんは無感情につぶやいた。いや、計画がばれたことと

息子に早く会いたいという気持ちがぶつかり合っての表情が、バックミラー越しに見える。

 なりゆきで、俺と山藤も彼の車に同乗している。運転しているのが三樹男さん、助手席が

あおいちゃん、そして俺らが後ろだ。あおいちゃんはずっとうつむいたまま喋らない、

もう泣いてはいなかったがこちらも複雑な表情だ。

「三樹男さん……息子さんが目覚めても、復讐はやめない気ですか」

 本当に何もかもが元通りになってくれるなら忘れてくれるだろうが……少なくとも彼は

1年以上も眠りつづけ、その時間を無駄にしている。家族もその間辛い想いをした。

その代償はしてもらわなければ、と思うかもしれない。それに、記憶を失ってるとか

障害を持ったとかの可能性も考えられる。

「……正直なところ、迷っている……」

 そんな考えを三樹男さんも持っているのか、重たい口調である。

「正輝に会ってみなければ……あるいは、本人に聞いてみるとかな……」

 自分の仇を取ってもらいたいか否か、を?まさか直接聞くわけではないが、自分が眠ってた

理由を聞くことになれば、白衣たちに対してどんな感情が芽生えるか、それが答えになる。

もし復讐を続けるなら、俺たちは止められるだろうか。

「……しかしだ、私が研究所を目前にして病院から連絡を受けるとは……もしかすると、

 正輝に止められたのかもしれんな」

「お父さん……」

 父親の苦笑混じりのつぶやきに娘が顔をあげる。それは偶然なのだろうが、

そう思ってくれればありがたいのかもな。

 隣を見れば、山藤が舟をこいでいた。そりゃ疲れただろうな、俺も眠いし……

時計を見れば5時を回っていた。雨といえどさすがに明るくなってくる。まもなくして、

目的の病院に到着した。

 

「正輝……」

 初めに病室に入ったのは三樹男さん。続いてあおいちゃん、そして寝ぼけまなこの山藤を

押して俺たちも入り口付近へ。中には医者。看護婦が一人ずつと、あおいちゃんの母親らしき人、

そしてベッドに横たわっている……中学生か、高校生になったばかりといった顔立ちの男の子。

顔全体は父親とは程遠いが、はっきりと開けているつり目は三樹男さん似かもしれない。

「お父……さん……」

 まだ喋りなれていないか、あるいはあおいちゃんのようにそういう喋り方なのかはわからないが

ぼそぼそっと聞こえた。だがそれだけで三樹男さんは満足だった、十分すぎるほどだった。

「……よく、目を覚まして……!」

「まさてる……」

 あおいちゃんも正輝の手をつかんで、両手でしっかりと包み込んでいる。

「お姉ちゃん……髪、切ったんだ……」

 おそらく事故前の記憶で彼は姉の顔(髪型)を覚えていたのだろう。彼女も前はロングヘアー

だったのか?ちょっと見てみたい気もするが、山藤だって……

「…………」

 感動のシーンだってのに山藤は壁に寄りかかってまた半眠りだし。こんだけ安心しきって

いいものか……山藤は、もう彼らが復讐しないと信じてるから、安心して眠っているのだろうか。

「筋肉が弱くなっているためすぐには動けませんが、リハビリをすればまた以前のように

 動けるようになるでしょう。後遺症もないようですし」

 医者の言葉に俺もとりあえず安心。医者と看護婦が病室を出て行くときに両親が深々とお辞儀、

あおいちゃんは右手で弟の手をとり、左手で弟の頭をなでていた。

あおい & 正輝

「お母さんが、言ってた。僕が寝てたわけ……」

 視線を動かすのもまだままならないのか、天井をボーっとみながら正輝は言った。

皆の視線はまた彼に集中する。

「運が悪かったなぁ……でもお姉ちゃんたちは怪我しなかった?」

 泣きながらもうん、うん、とあおいちゃんが何度もうなずく。それを見て正輝はわずかながら

微笑んだように見えた。

「良かった……」

「……」

 正輝が目覚めたことが一番良かったことなのに、その本人は家族のことを心配している……

この家庭はみな家族想いなんだろうな。

「タイト君……いいかい」

 目を手でこすって三樹男さんは、俺と一緒に部屋を出るように言う。山藤を近くにあった

椅子に座らせてから、彼の後をついて廊下に出た。まだ消灯中だが、外からの光で仄暗い。

「正輝に合ってはっきりしたよ」

 三樹男さんの顔は、なんだかすっきりしたような顔だった。息子が目覚めてくれたから

だけではなく、全てに対して清算がついた、といった感じだ。

「じゃあ、もう復讐なんか……」

「そうだな。……正輝は、家族みながそろっているだけで嬉しいようだな」

「それは……あなたや奥さん、あおいちゃんもそうでしょう」

「確かに……」

 笑って三樹男さんは、思い出したようにズボンのポケットから何かを取り出す。

それは石――俺と山藤が初めに見つけた隕石だ。

「これを、君に……君の彼女に返してあげなさい」

 か、彼女って……間違いではないかもしれないけど(ぉ でもその隕石ってさ……

「でも、白衣……研究所の人たちが落としたっていう偽物の隕石だし……」

「それがな、あおいにはあえて言わなかったのだが……」

 ふと三樹男さんが遠目になって窓の外を見つめる。まだ雲ってはいたが、雨はようやく

やんだようだ。

「この石の成分は、地球上にないもの……宇宙ゴミを落としたものではないんだ」

「え……じゃあこれって……?」

 今までの隕石が全て、人工衛星から落とされたものだとすっかり思い込んでいて

疑いもしなかったのだが、そうではない、とすると……

「これこそ宇宙のかなたから飛んできた、本当の隕石のようだな」

 そう言って彼は、まだ驚いて口が開いたままの俺の手に隕石を握らせた。


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