少女と機械


 誰だ!と言いかけたがそれはなんだか芝居染みていると思ったので、無言で振り返ろうとした。

しかしその前に、山藤が先に叫んでしまった。

「誰っ?」

 まず目に付いたのは、この学校の女子の制服だった。これで着てるのが男子だったら逃げ出す

ところだが、もちろんそんなことはない。山藤よりも背が低く、髪は肩にかかるくらい。

ぼーっとしてるような表情の女の子だ。胸の学年章を見れば、俺と同じ3年生だということも

わかる。しかし彼女が手に持っている、メーターがついた機械はよくわからない。

「いし……落ちたんですね……」

 呼び止められたときは立ち止まりかけた彼女は、一言つぶやいてまたクレーターの方へ

歩み寄る。先にセンサーらしい棒のついた機械を前に差し出したが、メーターの針は動いて

いないようだった。

「ちょ、ちょっと、何なの?」

 突然現れた女子生徒と、持ってる機械に疑問を投げかける山藤。俺も同じ疑問はあったが、

彼女も隕石が降るのを見てここにやってきたのだろう、ということは察した。

「放射線を調べてるのです……このいしにはありません……」

 どうやらその機械は彼女が言った通りのものらしい。なんか手間が省けたという感じだが、

それにしても用意周到すぎる気がするし、なんで彼女のような生徒が持っているんだろう?

あおい & 藍子

「ま、待ちなさいよ!」

 ふと気づけば、謎の生徒がクレーターに足を踏み入れたのを、山藤が腕をつかんで止めている

ところだった。上級生とわかってるはずなのによくやるなぁ、まあその女の子はあまり上級生と

いう感じでもないんだけど、不思議な雰囲気はある。

「私たちが先に見つけたんだから、私たちのものよ!」

 そう言って山藤は先にクレーターの中心へ駆け寄り、その辺の地面を掘り始めた。止められた

女の子はその様子をじっと見つめるだけ。いや、そこまでして欲しいものなのか?

 ほどなくして、山藤が何かを手に持って月明かりに(もう月が出てるのか……)掲げた。

それが隕石なのだろうが、赤黒い色なのだろうが、月明かりに反射して鈍く光っている。

俺もゆっくりと近づいていた。謎の生徒の隣で立ち止まる。彼女は隕石の方をずっと見ていた。

「……悪いな、あの娘は言い出したらきりがないんだ」

 彼女も隕石を欲しがってるのだと思い、一応ことわっておく。山藤は宝石とかにはそんなに

興味を示さないが、変わった形の石ころとかは好きらしい。去年の部活の合宿のときに、

川原で珍しい色の石を俺がたまたま見つけて、それを見せたらくれくれって騒いでたな……

俺はいらないんですぐにあげたけど、そういうところは子供っぽいよな。

「いいんです……できれば持っててください」

 女子生徒はそんなことをいう。なんか言葉にちょっとひっかかるな……隕石が降ったのを

見つけてやってきたんだから、自分のものにしたいんじゃなかったのか?

「いいの?もらって」

 山藤も、あっさりと身を引いた彼女に拍子抜けして尋ねる。その言葉は頷いて返事された。

「でも……持ってることを誰にも言わないでください……」

 またも理解し難い言葉が。この隕石は誰にも知られちゃいけないものなのか?このクレーター

見りゃ何かが降ってきたってこと一目瞭然だし……彼女がこの隕石について何か知ってる

口ぶりだよな。

 ふと見ると、隣にいたはずの彼女がいない。振り向くと、来た方向へ歩き去るところだった。

俺は、いかにも役者のセリフのような言葉を、恥ずかしげもなく使っていた。

「君は、誰なんだ?」

 初めに山藤が叫んだことと同じようなものだが、これには身元を明かせという意味が

含まれている。本当は名前を尋ねる時は、まず自分からなのだろうが、後から割り込んで

くるようにやってきた彼女の方から言うべき、とも思える。その彼女は立ち止まり、

顔だけ振り向いて口を開いた。

「照下あおい、です……天文部の部長を……」

 それだけ言って、再び歩き出した。他にも尋ねたいことはあったが、かける言葉が浮かんで

こなかったので、黙って見ているしかなかった。いつのまにか隣に並んでいた山藤も

ぽかんと口を開いて彼女――照下あおいのことを見ている。

「天文部、か。なら、ああいう機械持ってそうだよな」

 独り言のようにつぶやいて自分を納得させてみる。いくら天文部だからって、隕石に放射能が

含まれてるか調べるセンサーを常備しているとは思えないのだが……

「その隕石、どうするんだ?放射能以外のことでなんか問題がありそうだが」

 俺に尋ねられて、思い出したように山藤は手の隕石を再び見る。近くで見えたそれは、

小さなくぼみは多数あるものの、ぱっと見平面で構成されているような多面体のようだった。

そのそれぞれの面が、光と影のせいか違った色に見える。

「うん……でもせっかくだしもらっとく」

 予想してた答えで俺はこっそりため息をつく。これでなんか厄介ごとに巻き込まれそうな

気がしたからだ。あおいって娘にすでに巻き込まれてるのかもしれないが。


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