回らば急げ


 平手打ちは軽く当たったくらいだったので痛くはなかったが、叩かれたということ自体で

目を覚ます。叩いたあおいちゃんは涙目でこちらを睨んでいた。

「本当は……私だって父や母や……正輝のことを探したいんです……でもそれを我慢

してるんです……!」

あおい

 彼女にだって大事な人はいる。もちろん心配でないはずがないだろう。特に弟の正輝は

一度危ない目に合ってるし、そのときほど心配しているかもしれない。でも助けなければ

いけない人は彼らだけではない。近所付き合いしている人や、全くの赤の他人である人も

同じ人間だ。救う見込みがあるのならできるだけ多くの人間を救わなければならない。

例え身内が無事だったとしても、他の人が皆いなくなってしまったら、一体どんな世界に

なってしまうのだろうか。

「……あおいちゃんは強いな」

 俺は我慢できずに勝手な行動を取ろうとしたのに、彼女は抑えられている。

俺もまだまだ子供だな、と思って頬をポリポリ掻いたのだが。

「……そんなことないです……本当は、テツさんと会えて安心できたこともあって……」

 あおいちゃんはうつむきながら目をこすり、髪を分ける。

「一人になるのが……テツさんと離れるのが怖かったんです……」

 ……なんだか、別の意味で気まずい空気になってるような……そういうときにあいつの顔が

浮かんできたりするんだよな(汗)そういやあおいちゃんにとって一番親しい身内以外の異性って、

俺になるんじゃないだろうか……コホン。

「とっ、とにかく、あおいちゃんの言うとおりにするよ。御麻さんのところに行けばいいんだね」

「あっ、はい……北の方へ、歩いて30分くらいに彼の家があります……でも」

 30分は時間かかるな、と表情に出ていたのかもしれないが、俺の顔を見て不敵に笑った

(ように一瞬見えた?)あおいちゃんは、

「寄り道はできませんが、急いで行くことはできます……」

 

「でもさ、御麻さんって」

 俺たちは走りながら彼の家に向かっている。あまり走ることとか不得意そうな上に

背中に荷物を背負っているあおいちゃんを心配したが、自分から言い出したのでと

気丈に見せた。でも大分息が上がっているような気がする……

「彼も別の場所に避難したんじゃないのかな、いくら待ち合わせ場所だからといっても、

自分の命が一番大事だろ」

「御麻さんの家は……地下に実験室用兼……核シェルターがあって……そこにいれば安全……

でもせいぜい……10人くらいまでの定員……」

 走りながら喋る彼女は息絶え絶えだったので、さすがに落ち着かせるために走るのを止める。

俺もリュックを背負って走ったので少し息が切れたが、彼女ほどではなかった。両膝に手をやって

汗をかきながら呼吸を荒くしている彼女を見かねて、近くの自販機で冷たいジュースを

買ってあげた。もう昼近くな時間だが、曇ってきたので気温は低い。でも水分補給には

冷たいものの方が気持ちいいだろうからな。

「あおいちゃん、ほら」

「はぁはぁ……んっ、すみません……」

「少し休憩したら、あとは歩いていこう。……それにしても」

 俺もジュースに口をつけかけて、ふとあたりの雰囲気に気づく。ここは普段は車の行き来が

多いところなのだが、今は車1台走っているのも見えず、閑としている。おまけに今は

隕石も降っていないので、音らしい音が全くしない。火事ならば消防車が走ってうるさい

だろうが、煙はところどころ立っているものの火は見えなかった。田舎とか虫の音が

聞こえるくらいならまだしも、ビルが立ち並ぶ道の真中で静か。サイレント映画でも

見ている気分だ。いや俺はサイレント映画なんて観たことないが。

「なんだか……別世界にいるみたいだな」

 ジュースを一気に飲んで、ちゃんと空き缶入れに捨てる。あおいちゃんが飲みきる間に

自分のリュックを確認してみる……当初の目的で準備していた勉強道具や着替え。

こっそりと持ってきた菓子類は一応の食料にはなるか。他には学校を出る前に佑馬や

七希菜ちゃんに貸してもらった懐中電灯や果物ナイフ。そして三樹男さんにもらった

隕石をしりぞける石はズボンのポケットに入っている。

「時間とってすみません……そろそろ行きましょう」

 あおいちゃんも飲み終えたらしく、声をかけられた。リュックの口をちゃんと閉じたのを

確認してから背負う。そして御麻さんの家に向かって無人の道を歩き出した。


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