俺は声をかけた。一刻も早く脱出したいのだが、彼を置いては意味がない。
是が非でも、彼も一緒に脱出して欲しいのだ。なんだか、だんだんと崩れていくビルからの
脱出のようにも見えてきてしまっている。実際壊れるのは一瞬のことだろうが。
「考えるのはわかります、でもそれは……後にでもできるでしょう?」
本当は「このビルと一緒に散るか否か」を迷っているだろうから今の言葉は不適切かも
しれない。でも俺の思いは多少は伝わったようだ、至さんは少しうなづいた。
「君たちの格好を見たら……心がほぐれたような気がする」
俺たちの姿……藍子を背負ってるってことか?心なしか顔が熱くなり、背中の藍子の
心臓の鼓動が大きく伝わってくるような……
「俺が残ったら、君たちもずっといるつもりだろう?君たちまで死なせるわけにもいかないし」
藍子を背負って階段を下りる。結構足腰に来るな……別に藍子が重いってわけじゃないぞ、
階段のせいだ。でも愚痴は言えないしな、黙って降りる。至さんが一度替わろうか?
と言ってくれたが断った。理由は言わなかったが彼は笑って納得したようだ。
そして藍子が、至さんに先に降りてもらうように言った。彼は心配そうだったが、
時間には間に合いそうだと俺が言ったので、至さんは藍子に従い駆け足で階段を下りる。
俺と藍子だけになった。
「ちょっと、テツと話したかったからね」
背中の藍子がそっと言った。喋るのなら降りてからでもいいだろ、そう思ったのだが
口にするのはやめた。俺も彼女と同意見だったからだ。とはいえ何を話そうか……
まず浮かんできたのは、なぜかあの男の顔だった。
「そういえばさ、朝荒井田の奴が襲い掛かってきたんだよ」
「えっ荒井田って……あの?」
藍子は意外な、というかあまり聞きたくないであろう名前を耳にして驚いた反応を示す。
実は昔荒井田は藍子にちょっかいをかけてたので、藍子が俺に彼氏の振りをしてくれって
頼まれたことがある。あの時は安請け合いしたお陰で荒井田に目をつけられることになったが
……あのときから、藍子は俺のことを想っていたのかもしれないな。
「それで……どうなったの?」
「三樹男さんにKOされたんだ、あれは気持ちよかったな……藍子にも見せてやりたかったよ」
「へぇ……それであの人は?」<p> 「ま、その三樹男さんに連れられて手当てしてもらったから無事だったけど」
「ふうん……」
……会話が終わってしまった。やっぱり話題がまずかったようだな、別の話題を探し……
やっぱり藍子のことを話そう。
「あの放送、やって正解だったな」
俺が4階で聞いた藍子の場内アナウンス。あの時はビルに隕石は降らないだろうと
思っていたから余計なことだと思っていたが……非難してきた人はすでに逃げ出しただろう。
4階まで来たので開けっ放しの扉を覗いてみたが、誰もいないようだ。本当に人っ子一人
いないか探すべきなのだろうがそんな暇はない、誰もいないことを願って階段を下りる。
「それにあれがないと、ここに藍子がいるなんて気づかなかっただろうし」
「でも、センター試験受けに行ったから会えないと思ってた」
「出発前に隕石が降ったからな……そういや試験は延期されるのか?」
「そうなんじゃない?他の県でも延期になると思う。あれって一斉試験でしょ」
「そうか、他の県でも……ニュースとか取り上げられてるんだろうな」
ふと現実を直視してみる。夏の時は事が起こる前に終わらせられたので誰にも知られずに
済んだが、今回はそうはいかない。至さんはもちろん、あんな人工衛星を作った三樹男さん
たちも非難されるだろう。そして破壊されたこの街、家や家族を失った人々、家があっても
水や電気はしばらく通らない、交通機関も乱れたまま……果たして先はあるのだろうか?
「これはまだ、終わりじゃないよね」
藍子が言った。これからが大変なのだ。だが見捨てるわけには行かない、できるだけ
街を復興させなければならない。街の外見だけじゃなく、人々も。
「私たちも、いっぱいお手伝いしないとね……」
「……ああ」
ようやく1階までやってきた。腕時計を見たかったが藍子を背負っているので見えない。
しかし1階には大時計があることを思い出しそちらを見る……5時44分になったところだった。
出口はすぐそこだが、出てからさらに遠ざからないとビルの破片やらを浴びてしまう。
段差がなくなったので俺はさらにスピードを上げた。
玄関を抜けた。入ったときよりもあたりはさらに暗くなっていた。向こうの方に避難した
人たちが見えるが、三樹男さんや至さんを確認することはできない。とになく遠ざかろうとして
――いきなりあたりが明るくなった。……ウソだろ?
あの大時計が遅れていたのか、至さんのタイマーが進んでいたのか、はたまたその両方か……
隕石は、予定の5時46分より早く降ってきたのだ。
ドッ