山藤アイス


「今日、ヒマ?」

 いつものように食堂で昼飯を食べていると隣に山藤が。そこまでならいつもどおりなので

特に話もなく食事を続けていたのだが、彼女の方からそんなことを言い出した。

「まあヒマだが……何だ?」

「今日一緒に帰らない?」

 ……一緒って……まさかマネージャーが送り迎えしている車で?というかそんなことしたら

マスコミにいろいろ書かれそうだぞ……第一、

「家、逆方向なんじゃないか?」

 校門に横付けするとき、いつも俺が住むマンションがある方向と逆からやってくる。

「じゃあ遠回りしてよ」

「なんだそりゃ……いくらヒマでもそんなこと――」

「じゃあデートってことで」

 ……デート?

 

 よく考えてみたら、それこそ大問題なんじゃ……かといって約束しちまったから、ほっぽる

こともできず……今は校門前で待っているのだが。

「てっちゃーん、お待たせ♪」

藍子

 山藤の声がするほうを向いてみると……誰? 一瞬そう思ってしまうほどの変装ぶりだ。

変装といっても襟の高いコートやサングラスなどではなく、他校の制服と普通の眼鏡、そして

髪型を三つ編みにしている。まあ不自然じゃなのはいいけど、なんとなく「マイナーチェンジ」と

いう言葉が思い出される……

「どう?これならバレないでしょ」

「ああ……まあ普段の君を知らなかったら予想もつかんだろう」

 

 今日は仕事がないらしく、送り迎えはしてもらわずに自分で電車を乗り継いでやってきた

とのこと。世間知らずってわけでもないのでその点は評価できるよな。というわけで2人して

あらぬ方向へ歩いてるわけだが……どこまでついていきゃいいんだ?

「家、近いんだってね」

 またも山藤が突飛なことを言う。

「まあそうだけど……誰から聞いたんだよ」

「あら、1年の間ではちょっとした人気があるのよ、てっちゃん」

 そんなことは初耳だぞ、大体人気になる要素ってもんがないような……

「この前の学園祭で、『あの』バンドクラブに入部した、ってね」

「……そういうのは人気っていうんじゃなくて、物珍しいというんじゃ……」

 ちょっとへこむなぁ……まあどうせ本当の人気は針井に持ってかれるんだろうけど。

そりゃ1曲しか弾いてなかったし……

「で、俺の家がどうかしたか?」

「登校時間が短いのって、寂しくない?」

「……別に、そんなことは思ったことはないが……早くていいじゃん」

「私は、寂しいんだ……」

 そういう山藤の表情は、TVで見る凛とした顔とも、普段の笑顔とも違う、憂いを帯びていた。

学校での性格も、演技なのではないかと思わせるくらいだ。まあ「これ」が演技だとしたら、

演技力を誉めるしかないのだが。

「小さい頃から車での送り迎えだったから、歩いて帰ることなんてほとんどなかったんだ。

ましてや誰かと一緒に話しながらなんて」

「それで、俺を誘ったのか……」

 中学の時は登校距離は長かったが、佑馬たちとは逆方向だったため一緒に登下校はしなかった。

むしろ高校生になってからの方が、登校時によく出会っている。だから寂しいなんて思いも

しなかったが……彼女は芸能生活も大事だが、やはり友達にも飢えているのだろう。

「山藤の気持ちはわかる。けど、どこまで行くんだ?」

「えっとね……あ、見えた!」

 目の前にあるのは、アイスクリーム屋……そういえば最近オープンしたってクラスの女子が

騒いでたような。そりゃ下校時の買い食いっていうのも楽しいけど、別に俺じゃなくても……

「てっちゃんは何にする?」

「ああ……じゃあバニラで」

「保守的〜……じゃあ私は抹茶コーヒー♪」

「それはやめとけ、腹こわすぞ」

「あのぅ、もしかして……」

 俺たちがどのアイスにするか決めていると、その店員(高校生くらいの女性)が声をかけてきた。

これは……もしかして山藤の正体がバレた!?思わず息を飲む2人。

「あそこの高校の学園祭で、バンドやってましたよね?」

 ……俺かい(汗)とりあえずほっとしていいのか?

「ああ、そうだけど……」

「演奏ステキでしたよ、これからも頑張ってくださいね♪」

「ああ、ありがとう……」

 別にまけてくれるわけでもなかったし、なんか照れくさいな……ベンチに座ってバニラアイスを

食べながら感慨にふけった。

「ほら、有名人でしょ」

 隣に座っている山藤も抹茶コーヒーアイスを美味しそうに食べながらそういった。見てる

こっちが不味くなりそうってのに……というか君に言われてもな……

 

 やっぱりコレが目的だったらしく、その後開放してくれた。でもまた仕事がないときは

連れ出されそうでちょっと恐い……


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