脱兎


 2時間目終了後、ふと喉が渇いたので購買で何か買うことにした。ついでだから、昼飯用の

パンでも買っとくかな、4時間目は体育だから、着替えてる間に行列ができちゃうからな。

 休み時間が少ないのでちょっと小走りで購買へ向かう。その目の前に、同じように購買の方へ

走っている女子生徒の背中が見えた。

「……っと、あおいちゃん?」

 後ろ姿から予想をつけて、通り過ぎてから足を止め名前を呼んだ。あおいちゃんはこちらを見て

足を止め……ない?!さっきよりも加速を増して俺の横を通り過ぎていった。

「ちょ、ちょっと……?!」

あおい

 ワケもわからず彼女の後を追いかける。この時間くらいに彼女も購買へパンを買いにくるはず

なのだが、俺から逃げるために通り過ぎてしまった。見た目と違って彼女の足は遅くはないが、

やはり女の子、男の俺の足から逃げられはしなかった。彼女の肩をつかみ、立ち止まらせる。

「ハァ、なんで逃げるんだよ……?」

 全力近く出してしまったので息も乱れてしまったが、俺以上にあおいちゃんは呼吸が苦しそうで

逃げ出す素振りはないものの、壁にもたれながら胸を抑えてぜぇはぁ言っている。そこまでして

俺を嫌っているのか……?

「この前、仲直りしたんじゃなかったのかよ……俺が何かしたならまた謝るからさ……」

 俺がまた言葉をかけると、あおいちゃんはまだ苦しそうにしながらも口を開いた。

「恵理……さんの……こと……」

 益田、って……あ、あのときの――益田の買い物に付き合った帰りに、シャレで俺が益田に

抱きついたのをあおいちゃんに目撃されて――あのときもあおいちゃん走っていっちゃったん

だよな……

「いや、あれはその……無理矢理益田に荷物持たされて、重さでバランス崩して倒れかかった

ところに、たまたま益田がいて……」

 忘れていたが、あの日の夜に考えてた「言い訳」を今思い出したので言ってみた。きっと益田も

似たようなことを言うだろうとの考えだったのだが。

「本当……ですか?」

「ああ、そうだって、俺と益田はなんでもないよ」

 まあ益田とそういう関係になっても悪くはないんだけど、なぜかあおいちゃんに誤解されるのは

気分がよくなかった。だからこれであおいちゃんの誤解も晴れて万事解決……かに見えたのだが。

あおいちゃんはいつもよりもさらにうつむいて、ぽつりと言った。

「でも……恵理さんはタイトさんのことを……」

 ……なんのこっちゃ……あの益田が俺に……まさかあの「抱きつき」だけで本気にしたとか

……ってまさかな、あおいちゃんはまだ思い込んでいるのだと思うのだが。

「それって、益田から直接聞いたのか?」

 おそるおそる尋ねてみれば、彼女は首を横に振る。しかし、

「でも……その可能性はあります……」

 いや可能性て……そりゃ男と女がいりゃ可能性はなきにしもあらず……例外で同性もあるけど(ぉ

……しかし彼女が言っているのは、「確率が高い」ということだろう。

「そりゃ……どういうことなんだ?」

「タイトさんが……似てるから……」

 似てるって……益田のタイプとか?でもあおいちゃんがそういうことわかるわけないし、

益田が話すわけもなし……でも昔はもっとそういう話もしたりするかもしれないな。でも

そのときからタイプ変わってたりするだろ、俺だって……そもそもタイプなんて考えたこと

なかったが。

「なぁあおいちゃん、例えね、例えだけど、俺と益田が仲良くしたって、益田があおいちゃんの

 こと忘れることはないって」

 やけに「例え」の部分を強調したが、あおいちゃんは本当は仲のいい益田を俺に取られたのだと

嫉妬しているのだろう。女の友情ってよくわからないが、益田があおいちゃんを一人にしておく

なんてしないだろう。

 そこでチャイムが鳴った。結局ジュースも買えなかったな……俺はあおいちゃんを誘って

教室に帰ろうとしたが、

「……違うんです」

 顔を上げたあおいちゃんの目が赤くなってるように見えた。途端に俺を放って一人走って

戻っていってしまった。今度はさすがに追いかけるということはせず(教室に急いで帰るのは

同じだから結局走るのだが)真っ直ぐ自分の教室に帰った。何が違うのか思いもつかなかったが、

俺があおいちゃんの不安を取り除いてやらなければならないと感じた。


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