それぞれのバレンタイン -あおい-


 〜AM 8:00・自宅マンション〜

 玄関の扉を開けると、目の前でエレベータを待っていた瞳由ちゃんの姿が見えた。

「あ、おはようテツ君」

「おはよう」

 隣に住んでいながら朝はあんまり出会わないのな……大体瞳由ちゃんの方が先に教室に来てる

ことが多く。てことは今日は俺が早かったのか?やっぱ多少浮かれてるのかな……

「そうだ、今のうちに」

 エレベータが降りるまでの間に、瞳由ちゃんは持ってた手提げ袋の中をゴソゴソさがし、

一つの綺麗にラッピングされた包みを突き出す。

「はい。バレンタインチョコレート」

「……俺に?」

 期待していないわけではなかったが、本当に渡されるとなんか照れるよな……でもせめて、

エレベータの中ってのはどうかと思ったが。

「うん、いつもお世話になってるからね」

 笑顔で渡してくれるが、これは本命ではないなぁ……などと思ったり。まだ手提げ袋の中は

空でないところを見ると、他の義理チョコや、本命のもあるんだろう。一体誰に……なんて

横目で見ながら、2人して学校へ向かった。


 〜AM 8:10・高校前の交差点〜

「……なんか雰囲気が違うな」

 思わず口にもらしてしまうほど、今日は男女生徒がくっついているのが見られた。本当に

ベタベタにくっついてるのではないが、今まさにチョコレートを渡しているのも見えたり。

みんながやってるから恥ずかしくない、って考えか?

「やーやーテツ、おはよう」

 そしてやけに嬉しそうな声であいさつする佑馬……どうやら七希菜ちゃんからチョコレートを

貰ったらしい。というか口の周りについてる茶色いのは……貰ったすぐに食べたのかよ(--;

「おはようタイト君、列戸さん」

「おはよう」

「おはよ……ところで七希菜ちゃん、それ……」

 気になってたのは彼女が手に持っていたチョコらしい包み。今ここで渡すために取り出した

感じがあるのだが……?

「あ、うん、タイト君にプレゼント」

「気持ちは嬉しいけど……いいの?」

 七希菜ちゃんに語りながらも視線は佑馬に向くのだが、佑馬は笑って

「何気にしてんだよ、僕たちは中学からの付き合いじゃないか、僕と七希菜が付き合っても、

 僕たちは友達ってことは変わらないだろ?そういうチョコさ」

 あたかも佑馬が俺にプレゼントするような口ぶりだが(それはそれでキモい……)、

確かにそうだよな……ありがたく七希菜ちゃんから手渡してもらう。

「ありがとう」

「でも大きさは、僕のよりは小さいけどね〜」

 佑馬が横からいらんことを言う。こういうのは値段とか大きさとか数よりも気持ちの問題だろ

……なんて考えるのはあまり貰ったことのない男のひがみみたいだな……ここは笑って流しとく。


 〜AM 8:30・調理室前〜

 ん?なんか廊下の一部でやけに生徒が集まってんだけど……教室の方向ではないが、なんとなく

気になってそっちへ歩いていってしまう。周りは男子生徒の割合が多いような……よく見れば

ここは調理室、だいたいの予想はついたな。とにかくチョコレートを貰いたい男子らが、

本命用の失敗作でもいいからそれにありつこうとのことだろう。しかしそんなに失敗作って

出るもんかね……

「あ、タイト……」

 その中にもみくちゃにされそうになりながらチョコを配っている女生徒が俺を見つけた。

益田……そういえば彼女も料理クラブだったっけ、彼女が持っている紙箱の中には、

いびつな形のチョコがいっぱい入っている。特に欲しいとも思わなかったのだが、

後ろの生徒らに押し出されて益田の前に出た。

「おはよ……これ、こんなに……?」

「そ。あおいったら何度も失敗するんだから」

 といいながら、ポケットからまた別のチョコを取り出す。それも手作りらしいが、少なくとも

箱の中のいびつなものではなく、結構見栄えの良いものだった。

「あおいが……アンタにって」

「これ……あおいちゃんが俺に?」

 何で益田に託したのかは知らないが、こんだけ失敗しても俺のためにチョコを作りたかった

のか?そうだったらこの上なく嬉しいが……

「で、あおいちゃんは?」

「さあ?さっきまでいたんだけど」

 本人に礼を言おうと思ってたのだが、もう教室に戻ってるのか?それとも、恥ずかしいから

直接渡しづらかったとか……あおいちゃんもかわいいところがあるな。まあ放課後にでも

会いに行ってお礼を言うか。

「じゃあ俺はこの辺で」

 益田に挨拶してからこの場を抜け出すことにした。ここに群がる男どもよ、あおいちゃんと俺を

ありがたく思え(笑)


 〜AM 10:10・2時間目休み時間〜

「あ、いい所に」

 トイレから戻ってくるときに、宗谷に見つかった。手元には小さな市販のチョコが2つと、

どでかいハート型の包みがひとつ。もしかして手作りか?

「ちょっと上久部長のところに、これ渡してきてよ」

 といって小さなチョコの1つを突き出された。反射的に受け取ってしまうが、

「……そういうのは自分で渡しにいけよ」

 部長さんはもう大学入試の追い込みで授業はないのだが、家だとTVとかいろいろ誘惑が

あるので、集中しやすい学校で他の3年と補習を受けに来ているようだ。それはともかく、

俺が渡しにいったら、「俺のチョコを」渡しにいったみたいに思われるじゃないか(爆)。

「あたいはこれから寄る所があるんだから」

「……針井のクラスか」

 直に見てはいないが、針井はいっぱいチョコを貰ってそうだな……直に渡されるんじゃなくて

いつのまにか机に入ってたりとか。そんで宗谷に目をつけられると怖いんで名無しで(笑)

それを針井が食べてくれるかは謎だが……

「そ。ちゃんと渡して来てくれたら、あんたにもあげるからさ」

 残りの一つは俺へのものだとは予想できたし、ちゃんと買ってきてくれたのはありがたいが……

ホ○疑惑だけは何事よりも嫌だぞ。

「……俺はいらん、だから渡しに行かん」

「え? ちょ、ちょっと!」

 俺が宗谷に向けて渡されたチョコを放り投げたので、思わず拾おうとしてバランスを崩し、

針井へのチョコを落としかけてそれを守ろうとして廊下にぶっ倒れる。それを視界のギリギリに

おさめながら、俺は教室へと戻った。

「コラ、待ちなさいよバカ〜!!」


 〜PM 12:20・食堂〜

「なああいこちゃ〜ん、本当に何もないの〜?」

 無遠慮に大きな声を食堂に響かせるのは荒井田。奴のそばにいるのは(というか奴が勝手に

付いてきてるのだが)藍子。とてつもなく迷惑そうだな……どうせチョコでもせびってんだろうが。

「あのね、何度も言ってるけど、そういうのしたらいろいろウワサされるからやめておきなさい

 って社長さんが皆に言ってるの、だから誰にも上げないって決めてるんだから」

「いいって、俺とウワサになるのに問題はないだろ?」

「大問題……」

 ……だろうな(苦笑)そしてその光景を見てるほかの生徒も、うんざりしてるような表情だし。

「仕方ない……じゃあ俺から」

 といって取り出したるは普通の板チョコ……普通バレンタインに男から女にチョコを渡すか?

いや、同性同士よりはマシだが(汗)さすがにハート型包みのは買えなかったのだろうな……

「え、ちょっと……」

 藍子も断わろうとしたのだが、無理矢理手渡されて受け取ってしまう。突き返されないようにか

すぐに彼女から離れる荒井田。

「愛の印に(はぁと(キモ))。お返しは1日デートで結構〜」

 目的を果たしたのか笑いながら食堂から去っていく。なんだったんだ……ともかく静かになって

一安心だが。受け取ったチョコをどうしようかと両手で転がしていた藍子と目が合った。

「しつこいわよね〜」

「だよな」

 今日は両端の席は他の生徒が座っているので並んで食事というのはないが、とりあえず寄ってくる。

「今の聞いてたろうけど、そういうわけだからチョコはないの。ごめんね(^人^)」

「気にするなって、でもああいうファンからプレゼント贈りつけられてそうだな」

「事務所に着いたら大変になってたりして? あそうだ、これ食べる?」

 差し出されたのは、今荒井田から手渡されたチョコ……

「……遠慮しとく」

「でしょうね(^^;」


 〜PM 3:30・自宅マンション1F〜

 放課後すぐにあおいちゃんに会おうと思い教室を覗いてみたがすでにいない……今日も

ちょっとだけ先生の話が長かったからな、でもあおいちゃんも待っててくれてもよかったのに。

まあ明日会ったときに言えばいいかな、などと考えつつマンションに戻る……

エレベーターが丁度1階に降りてくるところだったので数秒待つ。扉が開くと……

「あれ、あおいちゃん……?」

「あ……」

 エレベーターから現れたのはそのあおいちゃんだった。もしかして教室を出て真っ直ぐ

俺ん家へ来てたのか?俺目当てだとしてもいくらなんでも早く来すぎだし、そして早く

帰りすぎだ。

「なんか用だったの?」

 問い詰めるが答えようともしない。逃げ出されもしないが。何かよくわからないが、

とりあえず忘れないうちにチョコのお礼を言っておこう。

「そうだあおいちゃん、チョコありがとう。これからゆっくり味わうよ」

「……え……」

 俺の言葉を聞いたあおいちゃんはビックリしたように目を見開いて俺の顔を見た。

なんか間違ったか?

「えと……あおいちゃん、俺にチョコくれたよね」

「……はい……でも」

 あおいちゃんはくるりと後ろを振り向きエレベーターのほうを見つつ、

「……今、お部屋の方に……」

 へ?じゃああおいちゃんがここに来てたのはチョコを置いてくるつもりで……1階には

ポストもあるが、確実に受け取ってもらうために新聞受けから中に入れる、というのは分かる。

あおいちゃんにとっては俺が言ったことを素で受け止めると、まるで俺があおいちゃんが

チョコを持ってきたのを予知したみたいに聞こえて不思議だったろう。でもあおいちゃんの

チョコは既に俺が……こっちの方がよっぽど不思議だぞ。

「でもほら……これ、朝益田から渡されたんだけどさ」

あおい

 といいつつ鞄からチョコの包みを取り出す。あおいちゃんはそれを見てもまだ不思議そうな

表情だ。このチョコはあおいちゃんのじゃないのか?だったら一体だれが……

「……恵理さんが……?」

 一瞬俺の頭をよぎった人物の名を、あおいちゃんがつぶやいた。あおいちゃんでないとすれば、

あの状況では確かに益田しか……でも益田が俺に?それになぜあおいちゃんを騙って……

すぐばれるだろうに。

「あ……どうなんだろうな……」

 俺も確信が持てず突っ立っている。と、突然あおいちゃんが早足でこの場を去ろうとした。

「あおいちゃん?!」

「……失礼、します……」

 ……なんだよ、せっかくチョコを持ってきてくれたのに気まずいじゃないか……

もしかして益田はこれを狙ってのチョコか?いやそれなら別にチョコでなくても。

とするとこれは益田の本心?

 部屋に帰ると、入り口にあおいちゃんのチョコらしい包みが。形はやはりいびつだったが、

朝見たのよりはマシなほうだった。それでも益田のものに比べると見劣りするが。

でも俺にとってはこの2つのチョコの価値は比べようがなかった。というか比べることが辛い……


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