SUDDEN HEART


 美鳥を連れてゲーセンを出る。美鳥はまだふるえながら俺のそでをつかんで、そのそでで

涙を拭いている。そでが汚れることはこの際気にしていないが、こんな所で泣かれるとさすがに

周りの目が気になる……できるだけゲーセンから遠くへ、公園の方へ歩いていった。

 

「……コーヒー、飲むか?」

 美鳥をベンチに座らせて、自販機に目が留まって思わず口にする。あのときLUISさんが

俺に同じように勧めたことを思い出し……だが美鳥は、黙って首を横に振った。

「ここ寒いだろ?だから温かいものを……ってこんな所に連れてきたのは俺なんだけど……」

「……静かなところだから……ここでいいよ」

 晴れてはいるがその分風が冷たい。俺も体をこわばらせながら美鳥の隣に座った。美鳥は

泣き止んだようで、嗚咽なども聞こえない。話し掛けることもできないので、風の音だけが

あたりに響いた。しばらくこのまま落ち着かせた方がいいかな……と思っていたのだが。

「……たまに考えるときがあるの」

 先に喋ったのは美鳥の方だった。まだ声は震えている。

「私がテツと一緒にいるとき、私が誰かとぶつかって絡まれて、私を庇おうとしてテツが

 代わりに……」

「…………」

「勝手だよねこんな想像……テツが私を庇ってくれるなんて……でも、テツなら逃げないと

 思ってるから」

 多分、美鳥の言うとおりの状況になったら、やはり俺は美鳥を庇うだろうな……別に

LUISさんと同じ格好をしたいわけじゃない……むしろ彼女の前でそれはしてはならない。

「そんなことが起こらなくても、いつかはテツに迷惑かけちゃう……そんな女なんだよ」

「あのな、そりゃお互い様だ。逆に俺がからまれてる時に、美鳥は俺を庇って……」

 いいかけて、言葉が出なくなった。美鳥が俺を庇ってくれると思い込んでいるのはともかく、

そのとき俺は美鳥に逃げるように言うだろう。あるいは庇ってくれた彼女をさらに庇う……

男だから、なんかは関係なく、美鳥を殴られたくない。ということは……美鳥も同じ気持ち

なんだ。とどのつまり、俺も美鳥のトラウマに共感しちまっただけじゃないか……

 しばらく、また沈黙が訪れる。美鳥を見るがうつむいて下がった髪の毛で目を見ることは

できない。その下の口元が動いた。

「もう……一緒に会うのはやめよ……」

 言葉の意味を理解する前に、さらに美鳥が言葉を発する。

「明日、PS2返すから……それが最後ね」

 なんでそうなるのかはわかる気がしたが、わかりたくもない。わかりたくもないのに、

「なんで、だよ……」

 と言ってしまう……どんな理由を聞いても、納得がいかないと思う。

「……テツを……傷つけたくないから……」

 また美鳥は泣いていた。でも言葉だけははっきりとしていた。

「……テツのこと……好きだから……」

 ……最後の言葉だけは、心の奥まで響き渡ったような気がした。だが他の言葉は不協和音

だった。自分の失敗は自分が被るために1人でいるつもりなのか?これからずっと1人のままで

……こんな時にビーマニのことを思い出してしまった。あれは2人でやってても自分の失敗が

相手に影響ないゲームなんだよな……むしろ1人がゲージ足りなくてももう1人が足りてれば

クリアできる……相手の失敗を帳消しできるんじゃないか……!

「……俺が傷つくことは、誰かを庇って殴られることじゃない」

 気が付けば美鳥の肩をつかんで言いきかせた。濡れた目を大きく見開いて驚いている美鳥の

顔がそこにあった。

「自分のせいで、なんて落ち込んでる美鳥を見ているほうがよっぽど苦しいし……何より、

 美鳥と離れることが一番嫌だ」

「…………テ……」

 美鳥が俺の名前を言い終わるのを待ちきれずに、俺は美鳥を抱いていた。もうどこにも

逃げ出して欲しくはなかった。ずっとそばにいて欲しい……

「美鳥……好きだ」

美鳥

「……ツ……」

 言葉としてははっきりとは聞こえなかったが、俺にははっきりと聞こえた。それは美鳥が

俺を抱き返してくれたからだ……

「今度あの時のことを思い出しそうになったら……俺の告白を思い出せ」

 そうだ……これは告白だ……俺は美鳥のことが好きなんだ……自分で言って初めて自分の

気持ちがはっきりしたような気がする……

「……うん……うんっ……!」

 美鳥は俺の胸の中で何度もうなづいていた。


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