夢のお告げ


「……っと!」

 考えごとをしながら歩いていたのでつまづきそうになってなんとか踏みとどまる。普段なら

周りの視線に恥ずかしくなってそそくさと先に進むところだが、今の状態はそんなのは気に

留められなかった。俺は今朝の「夢」を忘れないように何度も繰り返し思い出そうとしていた……

 

 気づけば、空を飛んでいた。

 普通ならこんなありえないことなどすぐに夢だと気づきそうなのだが、夢の中というのは

判断力が鈍るので気づかないことも多い。そのとき俺はこれは夢だとは気づかなかった。

気づいたのは、飛んでいる場所が学校の上空であり、学校の屋上に藍子の姿が見えたことだ。

藍子は制服ではなくドレスのようなものを着ていた。俺の服装は……覚えていない。とにかく

藍子のところに行きたいと思った。するとふわりと体が学校の方へ降りていった。

「……テツ」

藍子

 まだ距離はあったのにはっきりと声は聞こえた。藍子の表情に感情らしいものは見えなかった。

口すら動いていたかも定かではない……ただ、哀しそうに見えた。

「私のこと、嫌いなんだ」

「なんで……嫌う理由なんか」

「芸能人だから、嫌いなんでしょ」

「それは嫌いとかいうんじゃ……そりゃ、芸能人でなかったらいいなとは思ったけど」

 芸能人でなければ。俺も気兼ねなく彼女と付き合えるだろう。別にもったいないとか、

恐れ多いとか特別視しているわけではない。普段の彼女は、「やまふじあいこ」とは

想像つかないような無邪気さで、俺はこっちのほうが好きだ。俺にとって「癒し系」とは

こういうのを言うのかもしれないが。

 だが芸能人。いつも一緒に居られるわけではない。それに俺は……マスコミに囲まれるのが

嫌いだった。一番の理由はそれかもしれない。そういえば藍子もそのことで怒ってたような……

自分の身のために藍子の気持ちを無視……しているわけではないが、受け入れられない。

多分他の男なら(例えば荒井田とかのファンだったら)、そんなことは気にしないだろう。

そいつらと俺との違いは何か。親父が有名な漫画家ということを知られたくないから……

何故?親父もそう思っているから……子供のころから言われていたから、そう思い込んで

いるのかもしれない。そのせいで俺はこんな性格になったかもな……まあ俺の性格どうこうは

別に気にしているわけではないが。

 風が強く吹いているわけではないのに藍子のドレスがなびいている。顔は横を、校庭のほうへ

向かれていた。校庭には多くの生徒が歩いている。

「私は、テツが好き……」

 これは夢なんだから、それは俺が心の中で期待していた言葉であり、なんて自分勝手な夢だと

思う。だが現実の藍子の気持ちも同じだと、確信はしていた。

「でもどうしても私が嫌なら忘れるよ……」

 違う、そんな簡単に諦めるような奴ではない。だがまだ夢だと気づかず、俺は言葉を真に

受け入れてしまっていた。

「……そんなこと、言うなよ……」

「嫌なんでしょ?」

「俺だって……好きだよ」

「嘘なんでしょ?」

「お前に嘘なんてつけねぇよ……」

「でまかせなんでしょ?」

「俺の……本心だっ……」

「さよなら」

「……っ!!」

 そこで暗転した。

 

 これが今朝見た夢だった。我ながらよく覚えてる……いや、起きた瞬間に忘れたくなくて

手近な紙にメモったくらいだ。多分もう忘れない、もしかしたらメモらなくても忘れられない

かもしれない。藍子に会うたび思い出すだろう……今まで正夢など見たことはないし

(ただ夢の内容を忘れているだけかもしれないが)、ほとんど信じていない。だがこの夢は正夢に

なりうる夢だ。藍子が俺のことを諦める……そう思うたび鳥肌が立つほど怖い気持ちになる。

やっぱり俺は藍子に嫌われたくない、むしろ好きなのだろう。多分マスコミに俺の(親父の)

正体が知られるよりも……俺の本心を、藍子に伝えたい。その一心で、ここまで夢を

反復して思い出してきた。今日この気持ちを藍子に伝えなければ後がないような気がしてきた。

もしかしたらこの夢は何かのお告げかもしれない……

 気が付けば校門まで歩いてきていた。いつも藍子がマネージャーの車で送られて登校する

時間は過ぎていたので、もう学校の中に入っているだろう。いつ言うか。それを考えながら、

校庭を歩いていく……夢と同じ、多くの生徒がいる校庭を。


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