益田 恵理


 部活を終えて、一度教室に荷物を取りに戻って……なんか廊下の一部でやけに生徒が

集まってんだけど……しかも調理室、バレンタインじゃあるまいし、今度は何だ?

と、集団の中でおろおろしてた一人が俺に気づき、半泣きの顔でこちらに走ってくる――

「テッ、テツっ、大変だぁ!!」

 というかすでに目に涙を浮かべていた佑馬は、おれの襟元をつかんでガクガク揺らす。

わかったから離せって……

「だ、か、ら、……っ!何があったんだよ」

「……な、七希菜が……刺されたんだっ……!」

「え……!?」

 七希菜ちゃんが、調理室で……?包丁か何かだろうか……一体誰が……というか、

七希菜ちゃんは大丈夫なのか?!

「ど、どうしよう、僕……」

「落ち着けって……で、七希菜ちゃんはどこに?」

「た、多分保健室って……誰か言ってたけど……」

 あまりに突飛すぎて逆に落ち着いてしまうのが俺の(悪い?)癖なのだが、慌てても仕方がない。

とにかく佑馬をつれて、七希菜ちゃんのところへ向かった。病院へは行ってないのなら、

大した怪我ではないと思うのだが……

 

「な、七希菜っ!!」

 保健室の扉を開けると同時に大声を上げて部屋に飛び込んだ佑馬が、同時にバインダーか

なんかで頭を叩かれるのが見えた。叩いたのは、若いけど怖いことで有名な保健の先生だった。

「怪我人がいるんだから静かになさい」

「は、はい……」

 さすがに佑馬も黙ってしまう。俺は落ち着いて先生に尋ねた。

「あの、千代川さんは……」

「ああ、その娘ならそこに」

「……佑馬君……? タイト君も」

 先生が指差した先に、佑馬の大声で目を覚ましたのか、七希菜ちゃんがベットから身を

起こすのが見えた。動いて大丈夫なのか?

「ああ、七希菜……」

 七希菜ちゃんがとりあえず無事なのを見て、緊張の糸が切れひざを折って彼女が横になっている

ベッドにすがりつく。

「そんなおおげさな……ちょっと気を失ってただけですから」

「気を失っ……!?それほどの大怪我を……!?」

 またも佑馬が慌てだす。しかし顔色はすぐれないけど、どこも痛そうにしてないんだけど……

どこを怪我したんだ?

「え?……あの、私は怪我してないんだけど……」

「……へ?」

「刺された娘の出血を見て、倒れたらしいわね」

 保健の先生がさらりと言う。なんだそういうことか……七希菜ちゃんは血を見ると気を失う

ほどだからな。ともかく彼女は怪我してないのか。

「それにしても佑馬……」

「え……いや、だって七希菜が保健室に運ばれたって……調理室にも血が飛び散ってたし……」

「佑馬君……私また気分悪くなりそう……」

「あ、ごめん……」

「……ちょっと」

 ふいに、七希菜ちゃんの寝てるベッドの隣、カーテンで仕切られてる中から別の女生徒の声が

聞こえた。くぐもってるがこの声……

「私の方が怪我人なんだから、傷に響くから静かにしてよ」

「……益田、か……?」

 同じ調理クラブだし、そうだと思って名前を呼んだが返事はなく……七希菜ちゃんに目を戻すと

うなずいた。てことはやはり益田なのだろう。まあ七希菜ちゃんが怪我するよりは益田の方が

丈夫だし……あ、いや、そりゃ傷の度合いにもよるけど、あの口調なら大したことない、か?

恵理 , 七希菜 , 佑馬 & 純

「しかし一体誰が……えーと、佑馬、聞いてないか?」

 七希菜ちゃんに聞くとまた思い出して気を失いそうなのでとりあえず佑馬から聞き出してみる。

「え?えーと……寺下とか照下とか、そんな名前の娘だったような……」

「てる……?!」

 照下だったら……あおいちゃんじゃないか!彼女は益田と関係あるから多分そうだろうけど

……やっぱりあおいちゃんが益田を刺すなんて……きっとアレだ、手元が狂って益田に

当たっちゃったんだ、これは事故だろう、うん。……にしては、あおいちゃんの姿が見えないけど

数少ない友達を傷つけたショックで顔を合わせられないとか……

「その娘なら、職員室に連れてかれたみたいね」

「……えっ?」

 先生の言葉に一瞬戸惑った。そんな、間違って刺さっちゃったんだから、そこまでやること……

まさか、益田を刺したのは事故ではなく、刺すつもりで刺したなんてことは……

「……あの先生」

 再び益田が口を開いた。かといってさすがにベットからは起きてこられないみたいだが。

「ちょっと職員室に連れてってもらえませんか」

「……それは無理ね、傷口開くし……それに今行かないほうがいいと思うわよ」

 怖い先生だが、良識はあるらしい。というか男子にだけ厳しいとのことも。

「だったら、みんな部屋から出てってくれませんか?……タイト以外」

「お、俺?」

 名指しされて焦ったが、多分俺と2人きりで話がしたいのだろう。……あおいちゃんのことで。

「で、でも七希菜が……」

「私はもう大丈夫だから……」

 益田の考えを察したか、気丈にも自分から起きる七希菜ちゃん。足元がふらついてるけど

佑馬に支えてもらっている。あとで礼を言っとかなくちゃな。

「保健の先生が保健室を締め出されちゃうなんてねぇ……覚えときなさいよ?」

 といいつつもなぜか嬉ししそうに保健室を出て行く先生。やっぱいい人なのか、それとも

事件を楽しんでるだけなのか……よくわからないが、これで部屋の中に二人きりになった。

俺と、益田。

「……タイト、もっと近くに……」

 益田に促されるまま、彼女と話がしやすいよう……ベッドを隠していたカーテンを、開けた。


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