雪が降るから


 ……痛ぅ……下が雪だから滑ったときの衝撃は吸収されてよかったんだけど、なんか上の方が

衝撃大きかったような……上?

「あ……ごめんテツくん……」

 突然ものすごく近くで瑠璃絵さんの声がしたのでびっくりして、目をあけて……

「……! る……」

 ……またびっくり。俺が手を引っ張ってたから彼女が倒れてきたのは予想はつくだろうが、

今の体勢、彼女の顔と俺の顔との距離が5cmあるかないか……瑠璃絵さんの目が、鼻が、口が、

目の前にあった。動けない……元々瑠璃絵さんが上に乗ってるので動けないのだが。

「いや、俺が引っ張ったのが悪いから……」

「…………」

 見つめ合ったまま動かない。こういうのってあっても普通男女体勢逆なんだろが、これでも

ドキドキするのは変わりなく……瑠璃絵さんの鼓動も感じるほどだから、俺のも彼女に伝わって

いるだろう。というか胸の感触が……(爆)瑠璃絵さんの息遣いも感じるし、このままだと

ヤバイぞ(何が)……と思いつつ手が瑠璃絵さんの背中の方へと……

「……なーん」

 いきなり別の声がしてびくっと手を引っ込める。瑠璃絵さんが声のほうを向いたので

俺も顔を動かせるようになって……一瞬忘れていたが、白猫のライトだった。もう子猫と

いうよりは大きくなっている。こいつのせいで寒い中探し回って、こういう体勢に……

まあ、いいか(ぉ

 瑠璃絵さんが立ち上がってライトの元へ行く。彼女がライトを抱き上げる頃には

俺も立ち上がって服についた雪や汚れをはたいていた。

「テツ君……怪我はない?」

「ああ……大丈夫、どこも痛くない――あ」

 ふと見れば、俺の傘の針が数本折れて布に刺さり破れていた。倒れた時に何か重みが

かかったのだろう。させそうもないな……まあ今更傘さしても汚れてることに変わりないがな。

とりあえず壊れた傘を畳んで……ふと、目の前に別の傘が差し出された。瑠璃絵さんの傘だ。

彼女のは無事だったのか。

「一緒に、行こ」

「……ああ」

 

 降りで滑ったのだから登ることもできないだろうと、ちゃんとした階段があるところまで

河原を歩くことにした。初めは瑠璃絵さんが傘とライトと両方持とうとしたが、それはさすがにと

俺が傘を持った。ライトは瑠璃絵さんの腕の中で丸くなって寝ている。

「こいつ、迷惑かけてると自覚ないな……」

「まあまあ、猫は気まぐれ屋さんなんだから……テツ君だって気まぐれ屋さんじゃない」

「……へ、俺?」

 気まぐれ?飽き性といえばそうかも知れんが……凝り性であったりもするぞ、ビーマニとか。

「私が歌手になるの応援するどころか、ほとんど二人三脚で手伝ってくれてるから」

「え、いやそこまで……歌い方の知識とか全然知らないし……」

「でもテツ君が私の歌をそばで聞いてくれるだけで、なんか気持ちよく歌える気がする……」

瑠璃絵

 瑠璃絵さんはライトの体に顔をうずめ(うずめるほどの大きい体でもないが)、俺には

恥ずかしそうにしてるようにも見える……寒さのせいで耳まで赤くしているからだろうか。

多分俺も真っ赤になっているだろう。そしてそれは照れているからもある。

「瑠璃絵さんがよかったら……俺はいつもそばにいるよ」

 むしろ俺も瑠璃絵さんのそばにいたい。瑠璃絵さんの歌が、声が聞きたい。これが……

一人の異性を好きになったってことなのだろう。そしてきっと、瑠璃絵さんも同じ気持ちに

なってくれてる。俺は傘を左手に持ち替え、空いた右手で彼女の肩を抱いた。瑠璃絵さんは

一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐ、彼女も俺の方へ身を預けて歩き出した。瑠璃絵さんの

濡れた髪が俺の頬に当たってくすぐったかったが、払いはしない。本当は髪までなでたいが

さすがにはばかられ……瑠璃絵さんって女の人でも背が高いほうなんだよな。まだ俺の方が

高いけど、もう少し差がありゃ丁度いいんだけどな……恋人として。

「寒いけど、温かい……」

 瑠璃絵さんが俺にもたれたままつぶやく。全くそのとおりだ――雪は今だ降りやまず

俺たちの体を冷してるけど、その分お互いのぬくもりを感じられる……二人が寄り添って

歩いているのを、いつのまにか起きたライトが不思議そうに見ていた。


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