疑心暗鬼


「スキー、楽しかったねっ」

「……ああ」

 期末テストも済んだ3月の日曜、約束通り俺と瞳由ちゃんは近くのスキー場へ行ってきた。

初心者の俺はかなり滑れる瞳由ちゃんに教えてもらって、結構様になるようにはなった。

でも覚えているのは、手取り足取り教えてくれていつも近くにある彼女の笑顔……

 今は帰りの電車の中、二人ならんで座っている。横を見ればさすがに疲れた感じの顔を

見せている瞳由ちゃん。その表情が返って惚れる(萌える?)というか……ずっと見ていたくなる。

最近思うのだが、やっぱりこれは彼女のことが好きだということなのか……そして彼女も、

俺に好意を持ってくれているようにふるまう。これはとても嬉しいことだし。このままだと

もっと進展していくだろう。

 だが――俺の悪い癖なのかもしれないが、不安になってくる。俺が好きだと思う前に、

彼女が俺のことを好きだったとしたら。今まで偶然に起こってたと思っていたことが、
……

 なんて考えると寒気がしてくる。でも思い当たる節が無いわけでもないのだ。瞳由ちゃんは

いつも俺に優しい。確かに他の友達とのやりとりを見てもそうなのだが、俺には特別な気がする。

単に隣に住んでるからって、今思えばそこまでやるかというくらい。そもそも、隣に越してくる

ことも「計画」のうちだったなんてことは……

「どうしたの、テツくん」

 俺の視線に気づいて、首をかしげてこちらを見る瞳由ちゃん……その動作ひとつひとつまでも

わざとらしくさえ見えた。だがこれはまだ憶測だ、どうせなら勝手な推測のまま忘れ去りたい

ことだ。しかし俺の悪い癖は、それに留まらなかった。

「瞳由ちゃんってさ……Super-Ability好きなんだよね」

「え?……そうだけど、なんで……」

 自分でもなぜこの話で、とは思うのだが、やはり意図はある。

「作者って、誰だっけ」

「えっ、何いってんの?三雲竜一さんでしょ、あなたの……」

 言いかけて、手を口にやりしまったという表情。しかし口は言葉を漏らす。

「おと……さん、でしょ……?」

「……やっぱり、知ってたのか」

 俺の言葉で、顔をを正面に戻して俯く瞳由ちゃん。知ってるのを隠してたのが、バレたからな。

彼女に知られてたことはこの際どうでもいい。

「知ってて、俺にあれだけあのマンガの話題をふったんだ」

「だって……好きだと思ったから」

 彼女は俯いたままだ。俺の機嫌が悪くなって、どうしたらいいか迷ってるって感じだ。

「思ってるほど好きじゃないよ……じゃあ、あのマンガが好きだから、俺に近づいたんだ」

「!? ち、違う……」

 一瞬俺のほうを見かけたが、目を合わせるのが怖いのかやはり俯いたまま首を激しく横に振る。

「テツくんを、テツくんのことが気になってから、知ったこと……」

「ふーん、俺が家に帰るときにあとでもつけたのか?」

 1年の初めのころは、毎朝実家から通っていた。さすがに遠かったので親父にねだって

あのマンションの1部屋を借りたのだが。どうやら今度は首も振らないので図星のようだ。

「テツくんが……ぴったりだったから、私の……理想の人に」

 くぐもった声で聞き取りにくいが、俺が理想の……? ふと、瞳由ちゃんがクラブで出してる

冊子に描いてた絵を思い出し……俺にそっくりな。もしかしてあるが、彼女の「理想の異性像」

なのだろうか。そういうのを抱くのはかまわない。だったら、なぜそう言ってくれなかったのか。

これじゃあまるで、彼女に思い通りに踊らされていたみたいじゃないか……

「それで隣の部屋を借りてあたかも偶然を装ったと」

 心にも無いことを……無かったら言葉にも出ないはずだから、確かにそう思っているんだろう。

彼女を傷つけているとはわかっていながらも、俺は喋りつづけた。同じくらい俺も傷ついたからだ。

「どうせあのときのチョコも、わざと遅れて持ってきたんだろ」

「あ……」

「いつか夕食作り過ぎたって持ってきたのも、計算だよな」

「…………」

「北野に頼んで、俺に告白の現場目撃させるように芝居もうったんだ」

「?! それはち、違う……」

 俺には何が芝居でなにが偶然かわからない。何もかもが悪い方向へ考えてしまう。

そんなひねくれた性格の俺を好きになるなんてこと自体、信じられないことだった。

 電車が止まる。まだ目的の駅まで数駅ある。だがもうここで降りたい気分だ。

俺は立ち上がって……まだうつむいている彼女を見下ろした。

「がっかりだ……」

「……なんで……なんで……?!」

 俺がいきなり態度を変えた(ように見えた)ことと、そのショックでうわごとのように

同じ言葉を繰り返す。顔は見えないが泣いているのだろう。多分今その顔を見せられたら

俺も泣いてしまうかもしれない。だからそっぽを向いて言った。

「俺は……計算高い女は嫌いだ……」

 小さい頃につまらんマンガを読みすぎたせいかもしれない。所詮マンガなのだが、

まさか自分がハメられるとも思わず、つい言ってしまった。もう後には引けない……

電車が発車する直前に、俺は駅に降りた。彼女はまだ座席に座ったまま……俺の行動が

わかっていたのか。しかし扉が閉まる直前まで動かないか姿を見てしまう。そして――

 彼女が、顔をあげた。

瞳由

 目が合った途端俺は顔をそむけ、改札口のほうへ走っていた。ここからだと実家から

近いから、今日はそこに泊まろう……駅を出た。空を見上げると腹が立つほど晴れていた。

天気が悪けりゃ、今日スキーに行くこともなかったのに。こんなこと考えることも

なかっただろうに……

 

 泣いた。


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