ハンバーガー店で食べたんだっけ……忘れかけるのも問題だが、そもそもゲーセンの中にそんな
店を作るのもどうかと思うぞ、商売上手め。
高校生が夜遊びできるのは午後10時まで。家までそんなに遠くはないが、そろそろ耳も痛く
なってきたので帰ることにしよう。自転車で来たが、人が結構多いので押していくことにした。
俺が帰る道には、いわゆる弾き語りってのが結構いて、今もなんか歌っている。でも大体無視
されるんだよな、上手い上手くないの如何に問わず。弾き語りからデビューした歌手ってすごい
運があるんだなぁ。
と、弾き語りも人の群れも抜けてやっとチャリが漕げる、という寸前で、俺は聞いた。思わず
立ち止まってしまう歌声を。
珍しく女性が歌っていたというのもあったかもしれない。その人が結構美人というのも
目にとまる理由かもしれない。でも他の人の群れは同じように無視して、立ち止まる人は
いなかった。ゲーセン帰りで耳が変になってるんだろうか?いやそんなはずはない。
詩の内容もさることながら、歌唱力はプロに匹敵してるのではないか。あんまり歌うのが得意で
ない俺が言っても説得力ないが。
彼女は俺より1つか2つ年上くらいに見え、髪は長いが、ちょっとパサついてるかも。
髪の色も染めているのを見ると、おそらく大学生だろう。ぱっとみ今時の不良少女にみえるかも
しれないが、今聞こえてくるのはしっとりした歌声だった。丁度ビーマニのstill my words
みたいな。俺は性格は顔と歌声に出ると思っているから、彼女は歌に情熱を注いでいるのだと
思った。それにしてもなんか懐かしくなるような歌だ……が、その理由はすぐにわかった。
彼女だけでなく、演奏してるギターもいい伴奏だ。しかしどこかで聞いたことがあると思って
演奏者を見てみれば、なんと針井だった。部室ではエレキベースなのをさすがにここでは
アコースティックギターを弾いているが、やはり上手い。針井ほどの弾き手でも立ち止まって
聞いてくれる人がいないとは、ここの人間は心が狭い……
しかし、この2人の関係は?宗谷が、もしや女が(「別の女」と言っていたが、正確には間違い)
できたのではと言っていたが、まさか彼女が……だとすると、針井は年上好きということに
なるな(笑)まあ多分違うんだと思うけど。
曲が終わった。やっぱり周りには誰も(俺は道路の向こう側に立っているから)立ち止まっては
いなかった。移動するのかと思いきや2人がちょっと話すと、彼女だけどこかへ行ってしまった。
針井はその場でまた一人弾いている。そういえばあいつの歌って聞いたことないな……別に
聞きたくもないが。聞きたいのは彼女のことだ。宗谷に頼まれた、とか関係なく。
「おい、針井!」
俺が叫んでみたが、すでに気づいていたのか目をちらっと向けた後、また演奏をつづける。
車が来ないのを見計らって、チャリを押しながら一気に道路を横切った。
「お前が弾き語りしてるなんてな。金でも集めてCD出すのか?てっきり……」
お前の家は金持ちだろうに、と言おうとしてとどまった。確認したわけでもないのに、もし逆
だったらこいつでも失礼だ。しかし母親が外国人だから、家は日本に似合わない大きな家に
住んでるように思え、自然と金持ち、というイメージが浮かぶ。針井自身は質素なイメージだが。
「自分の腕を試してるだけだ」
なるほど、金をくれる=上手か。俺は知ってるから上手いと言えるんだけど、他人から聞けば
……金をやるまでの曲なんてなかなか弾けないだろうな。
「ところで……さっきの彼女は誰?」
ストレートに尋ねてみた。針井は自分に関係ないことは喋ってくれそうな性格だ。逆に自分に
関係のある、例えばさっきの女性が針井の彼女、とかだったらいつまでたってもしゃべらなそう
だが……あっさり喋ってくれた。
「住村 瑠璃絵(すむら るりえ)とか言ってたな、いろいろ回って俺みたいのに歌わせて
もらってるんだと」
「ふーん、で、お前のところへもか」
「今日が初めてじゃないが……大体2・3曲で別の所へ移るな……それがどうしたか?」
へぇ、きっと彼女も歌を聞いてもらって、プロデビューしたいんだろうなぁ、そういう夢が
あるのはいいことだ……俺は今だゲーセンとかで遊んでるガキだな……そりゃゲームを提供する
仕事だって子供に夢を与える仕事で素晴らしいとは思うけど、やっぱり才能を生かした仕事に
つくってのは、その人の天職っていうやつかも。俺の才能は……マンガ絵?(汗)……ある意味
「家業」みたいなんでヤだな……親父はなんでもなっていいと言うだろうけど、少なくとも
早く将来のことを考えてほしいのだろうか。でもまったくもって見えてない……どの大学に
進学するかも考えてないからな。
演奏を続ける針井に別れを告げて、岐路に戻った。帰ったらもう9時半をすぎていた。