説得


「……は?」

 宗谷の第一声はそれだった。

 夏休みでも部活をするのは偉いことだが、週1になったクラブに部長も含め全員集合。そこで

俺は瑠璃絵さんのことを持ち出した。いきなり知らない人にボーカルを取られそうになれば、

誰だって不可解だとは思うだろうが。

「ナニソレ……っていうかアンタ」

 瞬きしていたから見えなかったからかもしれないが、文字通り一瞬の内に宗谷の腕が俺の胸倉に

達していた。荒井田じゃないんだから、女でそれはやめとけ、とも言おうと思ったけれど。

巫琴 & 社音

「シャノンにつきまとう女のこと、知ってて教えなかったでしょ!」

「別にシャノンだけにつきまとってるってわけじゃ……」

「……な、その瑠璃絵とかいう男ったらしに、あんたも引っ掛かったってわけ?!」

 説明不足というか、言葉足らずというか。俺は口下手な方だから相手に誤解を招いてしまう

ことが多い。しかしこの場合は宗谷の考えすぎだろ……

「だから……」

 とりあえず宗谷をなだめさせてから、ゆっくり一から説明した。つまり彼女は目標があって

歌いたがっているということだ。

「……そーなの、ふーん……」

 まだ納得がいかないような返事の宗谷。この辺で先手を打っておくか……

「なぁ針井」

 一人マイペースにギターの手入れをしていた針井は、いきなり自分に振られたことに動じもせず

手を動かしたまま顔だけこちらに向ける。

「なんだ?」

「お前は、宗谷と瑠璃絵さん、どっちに歌ってもらいたい?」

 ある意味究極の選択かも知れない。つまり針井がどちらを取るかということ……になるのか?

答えたくないと言われりゃそれで終わりだが。

「……二人で歌えばいいんじゃないか?」

 それは自分の意見というよりも、平和的に解決するような答えだった。結局面倒なことに

巻き込まれたくないというのかも、と思ったが、実は考えのある答えだった。

「彼女にはメインボーカルで歌ってもらい、ソフィアはラップに回ればいいじゃないか」

 ソフィアって誰?と一瞬思ったが、宗谷のバンドネームだったな……つーかB.N.ほとんど

使ってねぇじゃねえかって感じでもあり。……は置いといて、確かに演奏曲にはラップがある。

あれは低い音域の宗谷でも歌えるよな、舌もよく回りそうだし(笑)

「シャノンがそういうなら……いいけど……」

 いろいろあったが、結局針井のおかげで宗谷の説得に成功。しかし扱いやすいな……

「ほなその住村はんを呼んで、早めに合わせたほうがええな」

 部長も承諾。まあ部長が絶対的に偉いというわけでもないし。よし、これで瑠璃絵さんの

歌が近くで聞けるわけだ……と、ふとあることを思い出した。

「そういや、合宿って……彼女も?」

「それは……正式な部員じゃないし」

 宗谷は会う前から瑠璃絵さんを疑ってるみたいな感じだな。わからんでもないけどさ……

「そうだけど、なんかのけ者みたいじゃないか?」

「向こうの都合もあるやろ、まあ都合つくならええと思うけどな」

「部長……」

 賛成っぽい部長に呆れる宗谷。まあ知らない人にいきなりここまで親しく接するというのは

ぶしつけかもしれないけど、俺はぶしつけでも親しくなりたいのかもしれない。多分下心じゃ

ないと思うんだけどさ……宗谷と針井との三角関係を楽しんでるというのは断じて違うぞ。

 

「ちょっと……」

 解散時、後ろから宗谷に呼び止められる。その声は静かだがいつもよりも低い感じだった。

「本当にその女とシャノンが……ってことはないんだね?」

「ウソついてどうすんだ、そんなことはネエよ」

「ふーん……まあ信じとくよ」

 内心瑠璃絵さんが針井に好意を抱いていたとしても、俺が知るはずが無いので嘘にはならない。

まあ9割方はそんなことはないと断言できるけど。かたや夢のために頑張る人、かたや他人に

興味のない男……そんな男を溺愛する女に点数のために一応部活する部長、そしてそいつらに

しらける俺。はたしてこれでバンドができるのかと思われるだろうが、なぜか俺はなんとなく、

いけるんじゃないかという気分ではあった。


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