推理合戦


「やっと来たわね、遅いわよ……って」

 あおいちゃんに連れられて来た調理室、戸を開けると益田は既にいて本を読んでいた。

あおいちゃんにまたキツイ言葉をかけようとしたとき、俺の姿も目に入って口が止まる。

「なんでアンタがここにいるのよ……」

「お前があおいちゃんをいじめないか監視役だ」

 そりゃこんな休みにこんな場所で俺と出くわすなんて考えもしなかっただろうな。

「いつからアンタがあおいの保護者になったワケよ」

「保護……少なくともお前よりはマシだろ」

「い〜え、あたしの方が適役よっ」

 わけのわからない答えの益田はあおいちゃんに向き直る。

「あおい、コイツのことはほっといて、さっさと準備すんのよ」

「はい……」

 素直に返事すると、鞄をテーブルに置いてそこからエプロンを取り出す。益田もエプロン

してるし、本当に料理するつもりだったのか、二人しかいないのに何作って食べるつもりだ……?

「……なんでそれ……」

 益田が言いかけて、さしていた指を引っ込めた。さしていた先は、あおいちゃんの鞄に

ついている丸いぬいぐるみだ。彼女の弟の代わりのな……しかし今の益田の反応……?

「『なんでそれ』ってなんだよ、『それ見つかったの』ならともかく」

「な……なんのことよ」

「『なんでそれまた持ってるの』って言おうとしたんだろ、てことはあおいちゃんがこれを

 持ってるのはありえないと思ってたんだよな」

「それがなんだってんのよ」

 しらばっくれる益田に思いっきり詰め寄って大声で怒鳴る。

「前のぬいぐるみは、お前が盗ったってことだろ!」

「うっさいわね、そんなに叫ばなくても聞こえるわよ!」

 そういう益田も大声だ。嘘をついているときは声が大きくなるものらしいが、事実らしいな。

あおい & 恵理

「なによ、いくつもあるんだったら無くなったって別にいいじゃない」

「そういう問題じゃないだろ、あれは――」

 彼女の弟の分身だ、なんてあおいちゃんの前で言えるはずも無く――今度は俺が言いよどむ

ことになったが、すぐに別の言葉で置き換える。

「彼女が大切にしてるもんだぞ、それを何で盗るんだよ」

「アンタ……」

 いきなり益田が冷静になってジト目で睨む。なんだよ……

「あの丸いのが、どういう意味か知ってんじゃないの……?」

「だ、どういうって……つーか何のことだよ」

「普通はあおいから物を盗ったこと自体を非難するわよね、でもアンタ今あの丸いのを強調して

 言ったわよね」

 ぐ……今度は俺が読まれるハメになってしまった。でも益田も丸いのの意味を知ってるって

ことじゃ……

「あおい、こいつにあのこと喋ったの?」

「…………」

 あおいちゃんはまたさっきの悲しい表情で下を向く。彼女に「はい」と答えさせるわけには

いかない。

「いや、あおいちゃんから直接聞いたわけじゃないんだけど……」

「アンタには聞いてないわよっ!!」

 さっきよりもさらに大きな声で怒鳴られたためさすがに一歩引いてしまう。

「やっぱりアンタ、あおいには関わらないでちょうだい」

「なんだよそれ……俺はお前があおいちゃんをいじめるから」

「あおいをいじめてるのはアンタの方でしょ?!」

 益田に言われてショックを受けた。俺があおいちゃんをいじめて……?! まさか、これは

益田のでまかせだろ……でもさっき彼女を悲しませたのは確かだし、益田があおいちゃんを

いじめてる(と思ってる)ときはこれほど辛そうな顔はしてなかったし……やっぱり俺は彼女を

傷つけてたことになるのか……?

「……あおいちゃん、ごめん……」

 さっきも謝ったのだが、これは俺が今までおせっかいをかけてきたということも含めてだ。

「もうつきまとわないよ……」

「テツさん……」

 あおいちゃんの声も、もはや平坦にしか聞こえない。彼女を傷つけないためには、彼女のことを

考えないことにしなければならない。俺はふらふらと出口の方へ向かった。

「じゃあな……」

「テツさん……」

 とぼとぼと廊下を歩く。調理室から長い直線の廊下だ。後ろからの呼び声も聞こえるのだが、

振り返るわけにはいかない。

「ほら、ほうっておきなさい」

 益田が彼女を制したようだ……益田の方が俺よりも彼女のことを理解してたんだよな……

だからこそきつく言えることができるんだな……

 なんか一気にやる気失せたな……もうすぐバンドクラブの合宿だってのに……そういやあおい

ちゃんも昨日まで天文部の合宿に――いや、彼女のことを考えるのはよそう……


Next Home