合宿


「瑠璃絵さん、遅いな……」

 遅いといっても、待ち合わせの時間にはまだ10分ほどあるのだが、他のメンバーはさらに

10分前に集合している。加えて俺はまだ10分、つまり約束の時間の30分前にやって来ている

ため、長く感じる。なぜそんなに早いかというと、ゲーセンで時間つぶしのはずが、思ったより

人がたくさんいてもう1順してたら遅れると思ったからだ。

「やっぱ都合が悪いんじゃないの?」

 待ちくたびれたというよりも、来ない方がいいのに口調の宗谷。その腕はしっかりと針井を

つかまえているが。

「場所がわかりにくいのかな……」

 高校から最寄の駅の建物内にいるのだが、入り口は人がいっぱいで邪魔になるとのことで

喫茶店のようなところで集まるようになっていた。待ち合わせの時間まであと5分……目当ての

電車が出発するまであと15分だ……

 と、オレンジ色の髪の毛の女性が、ちょっと大きめの荷物を肩にかけてあたりを見回しながら

入ってきた。あれだ、俺は立ち上がって大きく腕を振った。さすがに声をかけるには遠すぎで、

かつ大勢の前なので恥ずかしい。でも彼女は気づいてくれて、こちらへ小走りでやってきた。

「ごめんなさい、待った?」

「いや、大丈夫だって」

「ゲンキンな男……」

 俺の返答に呆れたような宗谷の声。時間内だから問題ないだろうが。そりゃ「遅いな」とは

言ったけどさ……

「俺たちはもう切符買ったから、瑠璃絵さんも……って場所わかんないか」

 宗谷のじいさんの寺というのは、この前行った瞳由ちゃんのおじさんの家よりもやや遠い

所にある。俺も電車でそこまで行くのはあまりない。というか遠出するタチでもないのだが。

俺が瑠璃絵さんの代わりにボタンを押し、無事切符を買うことが出来た。

 

「ふーん……まあ美人なほうじゃない……」

 4人向かい合って座席を取れたので、宗谷と針井が隣同士は必然、よって俺と瑠璃絵さんが

隣同士だ。窓側はそれぞれ女性に譲っている。俺は車は酔う方だが、他の乗り物は平気だし。

「ありがとう、でもあなたもモテるでしょう」

 一応仲良くはなってみようと努力する宗谷の言葉を、素直に返す瑠璃絵さん。

「でもさ、男勝りな性格だから男は寄ってこ痛っ!?」

「余計なこと言わないでよ!」

 くそ……スネを蹴ることないじゃないか……弁慶だって痛がるんだぞ……そのやりとりを見て

多少は驚いたようだが、瑠璃絵さんはすぐに微笑み、

瑠璃絵 , 巫琴 & 社音

「でも、社音くんはそうは思ってないんでしょう?」

「しゃのんく……?!……ええ、そうよね……」

 針井を親しげに呼ばれて絶句した宗谷だが、二人が仲がいいことを指摘されて少しは

落ち着いた模様。これだけ二人がベタベタ(一方的だが)していても平然ということは、瑠璃絵

さんは針井のことは異性としては考えていないようだ。その辺が宗谷にも理解したかどうかは

知らないが。

「それじゃ、お近づきの印に……バンドネームでも付けようかしらね……」

「バンドネーム?」

 それか。実際に使ってるのか定かではないこれも、一応部の伝統らしい。そこを律儀にも

続けるのは立派というか、もしかしたら針井がそうしたいからだろうか。でも針井のBNって

そのまんま「シャノン」だし……それに彼女は部員じゃないぞ。

「そうですね……昔友達と、『フェンリル』って名前で一緒に音楽活動やろう、って言ってたん

 ですけど、皆忙しくなって……でもこの名前ってかわいいですよね?」

「フェンリルって、北欧神話の巨大狼の名前……」

 ぼそっと針井。北欧って、アイルランド人の母親からでも聞いたのか?でも名前の感じに反して

狼というのは彼女に似合わないよな。

「そ、そんな意味があったの……でも気に入ってたのになぁ」

「じゃあ、ちょっとだけ変えるってのは?例えば……『ン』を抜いて『フェリル』とか」

 何かのゲームキャラで聞いたことあるような気がするが、つまりそれは有り得る名前だ。

対して俺のLEDは……まあ意味は違うが、ポケモンの……なんでもない。

「あ、それもいいね。フェリル……それにしようかな」

 俺の提案に同意してくれて、俺も満足だ。さらに彼女がデビューして、芸能界での名前も

フェリルだと嬉しいのだが、それは先を考えすぎか。

 一息ついたところでふと窓を見ると、山が近くに見えていた。こんなとこまで来るのか……

いよいよ合宿って感じになってきたよな。でも2泊3日で何をするんだろう?バンドの合わせ

でもここまで来る必要はないし、部長もいないし。でもま、楽しくなりそうだからいいか……

しばらくは、3人(針井は除く)でいろいろと喋ることにした。


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