それぞれのバレンタイン -本命-


 瞳由 〜AM 8:00・自宅マンション〜

 玄関の扉を開けると、目の前でエレベータを待っていた瞳由ちゃんの姿が見えた。

「あ……おはようテツ君」

「おはよう」

 俺と目があった瞳由ちゃんは、ぎこちなくうなずいた。何かよくわからないけど、とりあえず

一緒にエレベータに乗る。

「……」

 エレベータが降りるまでの間も、瞳由ちゃんはうつむいたままそわそわして俺のほうを見ない。

なんか俺悪いこと言ったっけ?でも怒ったり悲しんだりな表情でもないし……なんだろうと

横目で見ながら、2人して学校へ向かった。


 七希菜 〜AM 8:10・高校前の交差点〜

「……なんか雰囲気が違うな」

 思わず口にもらしてしまうほど、今日は男女生徒がくっついているのが見られた。本当に

ベタベタにくっついてるのではないが、今まさにチョコレートを渡しているのも見えたり。

みんながやってるから恥ずかしくない、って考えか?

「やーやーテツ、おはよう」

 そしてやけに嬉しそうな声であいさつする佑馬……どうやら七希菜ちゃんからチョコレートを

貰ったらしい。というか口の周りについてる茶色いのは……貰ったすぐに食べたのかよ(--;

「おはよう列戸さん、……タイト君」

「おはよう」

「おはよ……朝からラブラブだねぇ」

 佑馬はやりすぎだとは思うが、七希菜ちゃんはもうちっとそういう振る舞いをしてもいいと

思った。ほどほどにね……

「いやあ、テツ悪いね、いつも七希菜がチョコあげてたんだけど」

 佑馬だったら「僕だけにくれ」とか言ってたんだろうな、そりゃ付き合ってからだったら

(家族以外で)彼氏だけにしかあげないもんだろうな、例え義理でも、浮気と思われるかも

しれないし。

「……ごめんね、タイト君」

 七希菜ちゃんがちょっと申し訳なさそうに頭を下げる。なんか寂しそうだけど……?

「いや謝ることないって、2人のためなら仕方ないよ」

「さすがテツ、わかってらっしゃる」

 佑馬が横からいらんことを言う。さすがってのは、友達だから知ってるってことだろうが、

この先多分、2人でいることが多くなって俺はのけ者にされるんだろうな……ま、俺は

そういうのは慣れてるしいいんだけどね……ふと、俺まで寂しそうな表情をしてしまったのか、

七希菜ちゃんに心配そうな視線を浴びせられることに。……ここは笑って流しとく。


 あおい 〜AM 8:30・調理室前〜

 ん?なんか廊下の一部でやけに生徒が集まってんだけど……教室の方向ではないが、なんとなく

気になってそっちへ歩いていってしまう。周りは男子生徒の割合が多いような……よく見れば

ここは調理室、だいたいの予想はついたな。とにかくチョコレートを貰いたい男子らが、

本命用の失敗作でもいいからそれにありつこうとのことだろう。しかしそんなに失敗作って

出るもんかね…… 「あ、タイト……」

 その中にもみくちゃにされそうになりながらチョコを配っている女生徒が俺を見つけた。

益田……そういえば彼女も料理クラブだったっけ、彼女が持っている紙箱の中には、

いびつな形のチョコがいっぱい入っている。特に欲しいとも思わなかったのだが、

後ろの生徒らに押し出されて益田の前に出た。

「おはよ……これ、こんなに……?」

「そ。あおいったら何度も失敗するんだから」

 といいながら、ポケットからまた別のチョコを取り出す。それも手作りらしいが、少なくとも

箱の中のいびつなものではなく、結構見栄えの良いものだった。

「あおいが……アンタにって」

「これ……あおいちゃんが俺に?」

 何で益田に託したのかは知らないが、こんだけ失敗しても俺のためにチョコを作りたかった

のか?そうだったらこの上なく嬉しいが……

「で、あおいちゃんは?」

「さあ?さっきまでいたんだけど」

 本人に礼を言おうと思ってたのだが、もう教室に戻ってるのか?それとも、恥ずかしいから

直接渡しづらかったとか……あおいちゃんもかわいいところがあるな。まあ放課後にでも

会いに行ってお礼を言うか。

「じゃあ俺はこの辺で」

 益田に挨拶してからこの場を抜け出すことにした。ここに群がる男どもよ、あおいちゃんと俺を

ありがたく思え(笑)


 藍子 〜PM 3:20・放課後、玄関〜

 クラブもないのでさっさと家へ。と玄関まできたのだが、下駄箱の俺の靴の中に何か入ってた。

なんだコリャ?まさか……と思いつつそれを見てみる。それは封筒ではなかったが、確かに手紙

だった。ルーズリーフを折り畳んだそれを広げてみる。

『渡したいものがあるの、放課後体育館の裏に来て 藍子』

 一瞬また荒井田の奴の仕業かと思ったが、あのときの筆跡とは違うし、あいつなら多分

「藍子」とは書かないだろう(あいつのなかでは「やまふじあいこ」だから)。ということは

やっぱり藍子本人?改まってなんだよ、しかもそんな人気のないところで……

 

「テツ……来てくれたんだ」

「そりゃ名前まで書かれたらな」

 藍子は体育館の壁にもたれかかって待っていた。手袋もしてない素手で持っているのは……

今日の日に渡すものったら言うまでもないが。

「わざわざこんな所で待たなくても、飯時にでもよかったんじゃないか?」

 俺はこんな寒空で待ってて、体を壊して仕事に支障をきたさないかを心配していた。

もちろん藍子本人も心配してるが。

「だって……あんな所で渡したら目立っちゃうじゃない」

 俺に手渡すためにゆっくりと歩いてくるが、いつもの元気な表情ではなかった。

顔色は真っ白で、照れてるからうつむいている、とは見えない。

「てっちゃん……ウワサされたくないんでしょ?」

 この前俺が言ったような言葉を返され、俺もドキリとする。俺を気遣って、こんな所で

待っていたのか。でも俺には、彼女はそれが不本意だということがなんとなく伝わってきた。

藍子が目の前で足を止める。

「……はい、バレンタインチョコ」

 せめて渡す時くらいは笑いたいと、無理矢理作り笑いをするのがわかった。「やまふじあいこ」

らしくない……素の山藤藍子がそこにいた。彼女を見つめたまま俺はチョコを受け取る。

「藍子、俺……」

「……ゴメン、すぐ仕事なんだ……行かなきゃ」

 なんとかして引き止めたかったが、言葉が浮かばず。藍子は走り去ってしまった。

時間さえあれば、俺も気持ちを伝えられただろうか……わからない。今でも迷ってる

くらいだから無理だろうな……しばらくチョコを持ったまま、さっきの藍子と同じように

体育館の壁にもたれて空を見上げていた……



 あおい 〜PM 3:30・自宅マンション1F〜

 放課後すぐにあおいちゃんに会おうと思い教室を覗いてみたがすでにいない……今日も

ちょっとだけ先生の話が長かったからな、でもあおいちゃんも待っててくれてもよかったのに。

まあ明日会ったときに言えばいいかな、などと考えつつマンションに戻る……

エレベーターが丁度1階に降りてくるところだったので数秒待つ。扉が開くと……

「あれ、あおいちゃん……?」

「あ……」

 エレベーターから現れたのはそのあおいちゃんだった。もしかして教室を出て真っ直ぐ

俺ん家へ来てたのか?俺目当てだとしてもいくらなんでも早く来すぎだし、そして早く

帰りすぎだ。

「なんか用だったの?」

 問い詰めるが答えようともしない。逃げ出されもしないが。何かよくわからないが、

とりあえず忘れないうちにチョコのお礼を言っておこう。

「そうだあおいちゃん、チョコありがとう。これからゆっくり味わうよ」

「……え……」

 俺の言葉を聞いたあおいちゃんはビックリしたように目を見開いて俺の顔を見た。

なんか間違ったか?

「えと……あおいちゃん、俺にチョコくれたよね」

「……はい……でも」

 あおいちゃんはくるりと後ろを振り向きエレベーターのほうを見つつ、

「……今、お部屋の方に……」

 へ?じゃああおいちゃんがここに来てたのはチョコを置いてくるつもりで……1階には

ポストもあるが、確実に受け取ってもらうために新聞受けから中に入れる、というのは分かる。

あおいちゃんにとっては俺が言ったことを素で受け止めると、まるで俺があおいちゃんが

チョコを持ってきたのを予知したみたいに聞こえて不思議だったろう。でもあおいちゃんの

チョコは既に俺が……こっちの方がよっぽど不思議だぞ。

「でもほら……これ、朝益田から渡されたんだけどさ」

 といいつつ鞄からチョコの包みを取り出す。あおいちゃんはそれを見てもまだ不思議そうな

表情だ。このチョコはあおいちゃんのじゃないのか?だったら一体だれが……

「……恵理さんが……?」

 一瞬俺の頭をよぎった人物の名を、あおいちゃんがつぶやいた。あおいちゃんでないとすれば、

あの状況では確かに益田しか……でも益田が俺に?それになぜあおいちゃんを騙って……

すぐばれるだろうに。

「あ……どうなんだろうな……」

 俺も確信が持てず突っ立っている。と、突然あおいちゃんが早足でこの場を去ろうとした。

「あおいちゃん?!」

「……失礼、します……」

 ……なんだよ、せっかくチョコを持ってきてくれたのに気まずいじゃないか……

もしかして益田はこれを狙ってのチョコか?いやそれなら別にチョコでなくても。

とするとこれは益田の本心?

 部屋に帰ると、入り口にあおいちゃんのチョコらしい包みが。形はやはりいびつだったが、

朝見たのよりはマシなほうだった。それでも益田のものに比べると見劣りするが。

でも俺にとってはこの2つのチョコの価値は比べようがなかった。というか比べることが辛い……



 美鳥 〜PM 5:00・ゲーセン〜

「……よう」

「……うん」

 あのゲーセンで別れて以来久しぶりの再会だった。というか俺はほとんど毎日ここ

(いつものゲーセン)に来て、美鳥が来るのを待っていたのだが、今日ようやく来た。

「ゴメンね、あのときは勝手に帰っちゃって」

「ああ」

 気にしてないとは言えなかった。だが怒ってるわけでもない。LUISさんからあんな話を

聞いたからには、美鳥の味方でなければならない。例えあの話を聞かなかったとしても

多分彼女の味方だが。

「……彼から」

「聞いたよ、大体は」

 あれから大分考えさせられたけど、結局今までと同じように楽しく遊んで笑ってたらいいだけ

なのか、それとも……もっと距離を近づけるべきか。美鳥も、今までよりも心を開いて

くれるだろうか。俺にはそういうトラウマとかないから簡単に考えちゃうかもしれないけど。

「意外だった?そんな弱い女だって」

「そりゃ意外だったけど……そのほうが人間らしいよ」

 なんの後ろめたさもない真っ白な人もいるかもしれないけど、ちょっとは欠点もあるほうが

親しみが持てるしな、それに別に悪いことをしてるわけでもないし。

「じゃあテツは……なにか暗い過去とかある?」

「いや俺は……特にないなぁ」

 母親が……ってのは覚えてないことだし、親父の仕事……ってのは暗いわけでもないし。

トラウマかと言われればそうかも?(ぇ でももしそういうのが見つかったら、美鳥だけには

打ち明けて、お互いの傷をなぐさめあいたい。

「しかし驚いたのは、お前があのLUISさんと付き合ってたってことだよな」

「つ、付き合ってたんじゃないよ〜、そりゃ好きだったけど……向こうは子ども扱いしか

 してくれなかったし」

 まあLUISさんは大学院生、美鳥はまだ高校生だもんな。じゃあ同じ高校生の俺なら……

なんてな。

「それにあのとき時期が時期だけにチョコレートも渡せなかったんだからね」

 事件があったのは2月って言ってたっけ、バレンタイン前だったのか……と、いつのまにか

美鳥の手にはチョコらしき包みが抱えられていた。大事に持ってた鞄にはそれが入ってたのか。

「テツには……渡せてよかった」

 といいつつ、面と向かって目をあわさず下目がちになりながらチョコを持った手を差し出す。

俺は美鳥の手を両手で包みながらチョコを受け取った。

「ありがとう美鳥」

「……うん」

 泣いているのか?と聞きたかったが、余計に泣かしそうになるかもしれないのでやめた。

こういうとき元気にする方法はよく知ってた。

「……ビーマニ、やるか」

「……うん!」

 LUISさんと美鳥が、そして俺と美鳥が出会うきっかけとなったビーマニ。他の人からは

単なるゲームとしか思われないかもしれないけど、こういう出会いもあるもんなんだな……

とコナミのスタッフなんかに感謝してみたり。



 巫琴 〜PM 8:00・公園〜

 今日はゲーセンで長いこといたから、すっかり遅くなってしまった。DP 19,November(A)が

もう少しでクリアできそうなんだけどなー、後半からなんだけど。

 ちょっと急いで自転車をこぐ。帰り道にはこんなに寒いのにやっぱり弾き語りがいたりして、

しかもバレンタイン向けの曲だったりしてな。男が弾いててそばに彼女らしいのがいたりとか。

いくらバレンタインだからってそればっかりってのもなー……

 と、通り道の公園の一角で女性の集団が。これもある弾き語りの聴衆なのだろうが、よく見れば

それは針井だったり。前に置いてあるギターケースにはお金に混じって(針井は稼ぐためじゃなく、

どれだけ認められているか知りたいからこうしている)チョコなんか入ってたりしてるし。

針井は甘いものなんか食べそうにないけどなあ、食べ過ぎて鼻血とか、虫歯とか想像もつかんし。

 ……?なんか視線を感じて目を凝らすと、遠くの物陰から針井を見つめる一人の影。

宗谷じゃん……あいつやっぱり針井のこと忘れられないんじゃないか。こっそり近づいて

見たかったが、こっちからは丸見えなのですぐ気づかれるだろう。それでも俺は自転車で

そちらへ向かった。

「よう」

「あんた……何やってんのよ」

「そりゃこっちの台詞だ、またストーカーか?」

「誰がよ、というかいつしたのよ」

 ここからだと周りの女性で針井の姿が見えない。針井からもそうだろうが、あいつなら多分

宗谷のことを気づいているだろう。

「こうしてみてみると……ホントシャノンってもてるわね」

「お、ちょっと客観的に見れるようになったな」

「いちいち言わなくていいわよ、……それで客観的にみたらさ、あんなミーハーなの、

 ちょっと腹立つわね」

 女性が集まってるのは針井に、だからじゃなくて、そういうベタベタな女に、か。

人の振り見てなんていうけど、宗谷もやっと分かったんだな、自分の恥ずかしいこと。

「あのままだったら、マジシャノンにウザがられてたかもね、気づかせてくれたのはありがとね」

「……まさかお前から感謝の言葉をいただけるとはな」

「……だからいちいちしゃくにさわる言葉ね〜」

「宗谷だから言えるんだよ」

 そう、宗谷だからこそ本音で話ができるようになっていた。こんな性格だけど、自分に正直に

なったから、俺も話をしてて安心できる。なんか丸くなったよな、ベタベタなときよりも。

「それで……それ、針井に渡すんだろ?」

 陰になってよく見えなかったが、宗谷は向こうの手に何かを持っていた。多分針井への

バレンタインチョコなのだろうが。

「ん〜? そうだけど……あんな状態だし、面倒だからアンタにあげる」

 宗谷が俺に向けて渡そうとチョコを放り投げたので、思わず拾おうとしてバランスを崩し、

針井へのチョコを落としかけてそれを守ろうとして地面ににぶっ倒れる。宗谷が向こうのほうへ

歩いて帰るのを視界のギリギリにおさめながら。

「コラ、待てよオイ……」

 幸い怪我はなかったし、チョコも潰れてはなかった。でもいいのか?針井に渡さなくて、

俺なんかに……もしかして針井よりも俺に渡したかったとか……まさかな……まだ続く針井の

演奏を背に聴きながら、再び自転車を漕ぎ出した。宗谷のチョコをカゴに入れながら。



 瑠璃絵 〜PM 8:00・公園〜

 今日はゲーセンで長いこといたから、すっかり遅くなってしまった。DP 19,November(A)が

もう少しでクリアできそうなんだけどなー、後半からなんだけど。

 ちょっと急いで自転車をこぐ。帰り道にはこんなに寒いのにやっぱり弾き語りがいたりして、

しかもバレンタイン向けの曲だったりしてな。男が弾いててそばに彼女らしいのがいたりとか。

いくらバレンタインだからってそればっかりってのもなー……

 と、通り道の公園の一角で女性が一人歌っていた。遠くからでも見慣れた姿だから、瑠璃絵さん

だとすぐにわかった。伴奏もなくアカペラで歌ってるのは珍しいな……しかもその歌の歌詞は、

よく聞いてみれば失恋したような内容だった、オイオイいくら「バレンタインだからって」って

思ったとはいえ、それは極端だと思うのだが……目の前を通るカップルも変な目で見ながら

通り過ぎていくし。何かあったのか?

「……瑠璃絵さん」

「あ、テツ君……こんばんは」

 瑠璃絵さんは歌を止めた。なんとなくその歌は俺も止めて欲しかったのだ。でもどうして

そんな歌を、なんて聞くわけにもいかないし……

「どうしてそんな歌を、なんて顔してるわね」

 といきなり考えを読まれてドキリとする。やっぱり瑠璃絵さんも、そう思われてしごく当然と

考えてるんだろうな、だったらなんで……

「実は、テツ君を待ってたんだ」

「俺を?」

 俺がこんなとこに来る確率は、低くはないが必ずというものでもない。そりゃ今日のような

ゲーセン帰りに会うこともよくあったけど……

「これを、渡そうと思って」

 瑠璃絵さんが手にしてたのは、チョコ……ではなく、クッキーらしいものだった。

チョコに次いでバレンタインに渡すものだが。

「手作りの方がいいかなと思って、チョコは難しいから、クッキーをってね。……受け取って

 もらえるかな」

「そりゃ……もちろん」

 焦る気持ちを落ち着かせて、俺はゆっくりと手を伸ばし、クッキーの包みを受け取った。

「今日来てくれなかったら、ずっとこの歌うたってようと思ってたんだ」

「え?どういう……」

「今日テツ君が私に会いに来てくれなかったら、振られたのと同じだと思って。……わざわざ

 会いに来てくれなくても、偶然会えても嬉しいんだけどね」

「瑠璃絵さん……」

 いつからここにいたのかは知らないが、俺のためにこんな所で待っててくれたのか……

彼女の気持ちに早く気づいていれば、寒い思いをさせなくて済んだのに……

「でも会えて、プレゼント渡せたからには、これからは喜びのうた、歌うよ」

「……そうだね、瑠璃絵さんはそのほうがよく似合ってるよ」

 再び歌いだした瑠璃絵さん、歌は……これは彼女が一番好きだって言ってた歌だ。

歌声も今までになく心に響くような気がした。しばらく芝生の上に寝っころがって、

都会の狭いけど星が光る空を眺めていた。瑠璃絵さんの歌を聞きながら……



 七希菜 〜PM 9:30・自宅マンション4F〜

 ふう、またコンビニとか行ってたらすっかり遅くなってしまったな、高校生は10時以降

外にいると補導されるからな……急いでマンションへ戻った。エレベーターで4階へ……

扉が開き、自分の部屋の扉を……扉――扉の前に、誰かの人影が。

「?……誰だ?」

「……タイト君?」

 部屋の前で立っていたのは七希菜ちゃん……?なんでこんな夜に……なんか俺にようでも

あるのかな、佑馬のことについてだろうか。

「どうしたんだよ、女の子が一人でこんな時間までいちゃ危ないだろ」

「あの……これ……」

 七希菜ちゃんはいつもの明るさとはうってかわって、寂しそうだった。朝会った時に

見たような……いや、寂しいというか、切なそうというか……? ボソッと言って

差し出されたのはチョコ。これ……もしかして俺に?

「いや、でも……俺の分は作ってなかったんじゃ」

「これが……タイト君の……」

 よくわからないが、どうしても俺にそのチョコを渡したいようだ。気持ちは嬉しいが、

佑馬の顔も頭に浮かぶ。

「……やっぱり受け取れないよ、佑馬に悪いし」

 そういった途端、キッと顔を上げた。涙は見えないが眼は真っ赤だった。我慢しているの

だろうが、俺にはその理由に見当がつかない。七希菜ちゃんはもう一方の手で俺の手をつかみ、

無理矢理チョコをにぎらせた。

「受け取って……テツ君」

 違和感を感じた。七希菜ちゃんの雰囲気がいつもとは違うとかそんなのではない……

名前で呼ばれたんだ。七希菜ちゃんは佑馬以外は、苗字のほうで呼んでたのに。

今はっきりと「テツ」と呼ばれた。

 はたと気づけばすでに七希菜ちゃんはいなくなっていた。下の階を見下ろしてもすでに

姿が見えない……とりあえず無事に家に帰りつくことを願うが……やっぱりこのチョコと

呼び方が変わったことは理解できない。多分これは、佑馬に黙っての行動なのだろう。

もしかして佑馬とうまくいってないのか、それで俺を頼りに……もしそうだとしたら

複雑な気持ちだ、七希菜ちゃんには応えたいが、そうなると佑馬と絶交になるだろうな……

それが嫌だから、俺はある程度七希菜ちゃんから距離をとって佑馬をフォローしていたと

いうのに。なんで俺なんかに……よく考えがまとまらず、手に残ったチョコをぼーっと見つめた。



 瞳由 〜AM 0:10・マンション自室〜

 TV見てたらもう日付が変わってるのか、明日も早いしさっさと寝よう……って今朝か。

……TVを消して電気も消して、着替えてベッドに入ろうとしたそのとき。

 ピンポーン

 ……こんな夜中にやってくるなんて何考えてんだ、非常識な……まだ起きてたら出て行った

かもしれないが、面倒なので寝てるふりしようかと思った。次にまたチャイムが鳴ったら

どうしようかと考えてなかったが、考えるまでもなかった。

「あ、あのっ、テツ君……」

 外から聞こえたのは瞳由ちゃんらしき声だった。彼女がこんな時間に俺に用があるなんて……

いぶかしながらもベッドから身を起こし、応対に出る。パジャマなのは仕方がないが。

「どうしたの瞳由ちゃん」

「あ……ゴメンね、こんな夜遅く……」

 瞳由ちゃんはパジャマではなく私服だったが、なぜかいろんなところが茶色く汚れていた。

泥……ではなく、チョコらしいものが。

「これ……渡したくて」

 彼女が手に持っていたのは、チョコ……と分かるほど、ビニール袋1枚に入っていた。

  手作りなのだろうが、もう少し飾ってもよかったような……それとも、今完成したばかりなのか?

「本を見ながら作ってたんだけど、なかなか上手くいかなくって……やっとさっきできたん

 だけど……14日過ぎちゃった……」

 瞳由ちゃんはとても残念そうに肩を落としている。朝そわそわしてたのは、朝までにチョコが

出来なかったからだったんだろう。やっぱり14日に渡してのチョコなのだろうか、そして

それほどまでに俺にチョコを渡したかったのだろうか……

 俺は黙ってチョコの袋を手にとって、おもむろにチョコにかじりついた。まだ完全に

冷え切ってなくて、ちょっと柔らかかったが甘くて美味しい。瞳由ちゃんが驚いて見ている中、

「俺はまだ寝てないから、今日はまだ14日だ」

 理由にはなってなかったが、14日であって欲しかった。瞳由ちゃんを慰めるためでも、

俺のためでも。

「テツ君……」

 瞳由ちゃんは今にも泣きそうな表情だった。嬉し涙とはいえ、泣かれると男はオロオロするしか

なくなっちゃううぞ……

「ほ、ほら……今日はもう寝よう、明日も早いんだから」

「……今朝だよ」

 泣きながらも笑って突っ込んでくれる瞳由ちゃんに心が痛んだ。俺も思わず泣きそうになる。

「……明日だよ」

「……明日だね」

 名残惜しそうにしながらも、それぞれの部屋に戻った。でも明日になればまた会える。

俺が感動して泣けるような愛くるしい娘が、そばにいてくれる……なんて幸せ者なんだろう。

興奮してなかなか眠れそうにないが、嬉しい悩みでもあった。

 こうして、俺の最高のバレンタインデーは、24時半頃に終わった。


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