夕飯


 そろそろ晩メシの時間だ……そういや米を炊いてなかったな、面倒だけどとくか……

ところで本当に「米を洗剤でとく若い主婦」なんているのだろうか?いくらなんでも無知

すぎるのでは……子供でもしないと思うが、多分。逆に木炭を入れると美味しくなると聞くが

それもどうかと思うのだが。よく米が黒くならないよな。

 もう手馴れたもんで、さっさと炊飯器のスイッチを入れたが、こっから炊き上がるまでの

時間は省略しようがない。まあおかずを作ればいいのだが、何にしよう……いつものように

野菜とベーコンを炒めるか、簡単にレトルトの牛丼で済ますか、頑張って他の料理に……って

材料がないか。

 ピンポーン

 俺の部屋のチャイムが鳴った。この時間帯は新聞代の徴収か?財布に金は残ってたよな……

ビーマニやったあと財布の中身確認せずに銀行から降ろさなくて、足りないってことになったら

恥ずいからな。よし、ちゃんとあるぞ。財布を持って玄関へ……

「あっ、テツ君」

 が、扉を開けて目に入ってきたのは予想もしなかった、お隣の瞳由ちゃんだった。のぞき穴で

見とけばわかっていたかもしれんが、ゆがんで見えるしよくわからんのでいつも見ていないから、

今あっけにとられた顔をさらけてしまっただろう。

「な、何か?」

「もう晩ごはん食べた?」

 彼女は、ラップをかけた器を下のほうで両手で大事に持っている。もうそこで大体予想は

付くのだが……期待しつつ会話を続ける。

瞳由

「いや、これから作ろうかな、って思ってんだけど」

「そう?それなら……」

と、差し出したのは例の器。ラップの中に見えるのは……家庭料理の定番、肉じゃがだった(笑)

見た目も美味しそうで、さすがは女の子って感じだな。

「作りすぎちゃって余ったから、よかったら食べてくれないかな?」

「ああ、そりゃもう喜んで」

 なんかベタだが女の子の手料理をもらうのは素直に喜べる。と、そこでみんなでテスト勉強した

ときのことを思い出し、とっさに言葉が出た。

「じゃあ、俺もいつかお返しするよ」

「えっ」

『私は、旦那さんも料理してくれたら嬉しいなぁ、一緒に作るとか』

 まあ女性が社会に進出する時代を別にしても、夫婦は協力すべきだよな、ってこれじゃ夫に

立候補してるみたいじゃないか(爆)もちろんその言葉は口にしていないが。

「ホント?じゃあ作ってくれるときは言ってね、お腹空かせて待ってるから」

 こう言ってくれると、多少でも料理が出来てよかったと実感……まあ家庭が家庭だからな……

嬉しいような悲しいような。

 

 米が炊き上がるまでは時間はまだあったが、彼女の肉じゃがが冷えてしまうので待ちきれず、

おかずだけ食べることにした。……味は……味音痴だからか特に美味いとは感じなかったが、

家庭らしい味で和む。それに加えて彼女の手料理ということが何よりの調味料だ。気づけば

飯が炊き上がる前に全部食べてしまった。当然おかずだけではまだ腹はいっぱいにならないが、

別の味で口の中の味を忘れたくないな、今日はもう何も食べないことにしよう(笑)でも歯は

ちゃんと磨くぞ。

 そういえば、彼女にどんな料理を作ってあげよう。あんまり男らしすぎる料理も似合わんなぁ、

というか男らしい料理って何だ?(脂っこいものだろうか)やっぱりここは、家庭的には家庭的で

お返しした方がよさそうだな、最近は作ってないが、レシピが頭によみがえる。つってもいたって

普通の調理法だが。

 

 次の日の朝、彼女に器を返しに行った。当然ちゃんと洗ってな。

「ありがとう、美味かったよ」

「お世辞でもありがと」

「お世辞じゃないって、あ、作ってあげる料理だけどさ、」

「あ、秘密にしといて。楽しみが減っちゃうから」

 この後、一緒に登校した。道すがら料理の話をしたが、お互いそんなに本格的じゃないので

その分盛り上がったりする。七希菜ちゃんなら詳しすぎてついていけないし、佑馬は包丁も

ほとんど握ったことはない。こういう娘が隣で住んでるなんて、つくづく幸運だと思う今日この頃。


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