脱出


「……生きて償えるものだろうか」

 至さんがポソリとつぶやいた。これだけの破壊と犠牲を生んだこの事件、彼が犯人として

警察に逮捕されれば終身刑、あるいは極刑をもってしても償えないほどの罪かもしれない。

もし俺たちが黙っていれば、他の人は犯人が誰とは知らないから隠すことも不可能では

ないだろう。でもそれでは犠牲者に申し訳ない。いずれにせよ至さんの行く先は暗いのだ、

こんなことをしてしまった後は……

「苦しいと思う、でも生きて欲しい、生きなきゃいけない」

 藍子の言葉を聞きながら、俺はそれができるんだろうか、と考えてみた。だがすぐに

考えるのをやめた。それは藍子がいなくなったことを考えるということだから。

でも逆に俺がいなくなったら藍子は……いつまでも俺のことを思って生きていくのだろうか。

 彼女の幸せを思えば俺のことなんか忘れて別の男とくっついて欲しい、どうせそのとき

俺はいないのだから。でも簡単に忘れることはできないだろうし、忘れて欲しくない。

いろいろ矛盾をはらんでいても、いつまでも俺のことを忘れないで欲しい。そして俺との

思い出を糧に生きていって欲しい……でもそれは口に出せなかった。こういうとき、

藍子は強いなと思う。

 と、藍子の熱弁が続いていたその時、別の方向から足音が聞こえてきた。至さんではない、

ということは……

「……伯父さん?!」

 至さんの驚く声が聞こえた後、廊下の向こうに暮郎さんの姿が現れた。先に下に降りたはずの

彼が今になってなぜ……?

「……やはり私も、彼女と同意見だった」

 彼がやって来る間に藍子の叫びが聞こえたのだろう。同意見ということは、彼も本当は

至さんを止めたかったということか、そしてここに来ているということがそれを証明している。

「お前の気持ちもわかる、私も……失ったからな」

 奥さんのことを思い出したのだろう、少し口篭もる。しかしすぐに顔を上げ至さんの方を見る。

「でもな、長い間苦しんでわかったが……一度静めれば耐えられるものなんだよ」

 それが辛いこと、苦しいことと思っている間はずっと嫌なこととして残る。でも打ち破って

みれば、それから後はそれほどでもないということか。もちろん奥さんを亡くしたことは

いつまでもきずあととして残るだろうが、いつかは和らぐ。なぜなら、二人の楽しい思いでも

残るものだから。

「それを伝えるのができなかったのは悔やまれるが、まだ間に合う。一緒に脱出しよう」

「伯父さん、でも……」

至 & 暮郎

 藍子の説得、伯父の登場で葛藤している至さん。そして答えを出す時間は――わずかしかない。

暮郎さんはこちらを横目で見、倒れている三樹男さんに気づいて、

「とにかく早く逃げよう。博士は私が担いでいく、君たちも早く行きたまえ」

 そう言うと暮郎さんは至さんから視線を外し、三樹男さんのそばにしゃがみ込む。

どうやら肩を貸しているようだ。三樹男さんがすまない、と言っているのが聞こえた。

あおいちゃんも反対側から支えている。俺たちも行かなくては。

「藍子、行くぞ」

「え、うん……あ」

 立ち上がろうとした藍子だったが、すぐに俺のほうに倒れかかる。何かと思えば

正座してて気づかなかったが、足にも縄でくくられていたのだ。

「ああもう……待ってろ」

 今更至さんを非難しても仕方ないが、ここまでしなくても……これも硬くて解きづらい。

こんな時縄を切るものがあれば、なんて考えながら解こうとし――ふと思い出してリュックの

中をあさる。七希菜ちゃんの家から出るときに借りていたナイフ、これをここで使わなければ。

切れ味は悪そうだったが、手で解くよりは早く藍子を解放することができた。

「そんなのあるなら、手解く時にも使えばよかったのに」

「まったくだ……さあ行こう」

 暮郎さんたちは、藍子がまだ縛られてるのを見て一度止まったが、俺がナイフを取り出したのを

見ると先に行ってしまった。三樹男さんの方が心配だから当然だが。今度こそ立ち上がろうとして

……また藍子が捕まってくる。今度はなんだぁ?

「ゴメン……立てない……」

 ずっと無理な格好で座っていたせいか足がしびれてしまったらしい。こりゃ背負っていくしか

ないな……俺のリュックを藍子に背負わせると、俺がその藍子を背負う。ちょっとふらついたが

ちゃんと歩けそうだ。時計を見て――7分を切っている。1フロア40秒で……なんて考える

暇もなさそうだな、俺は出口に向かって走り出した。

 部屋を出て階段へ向かおうとして……まだ至さんがそこで立っているのが見えた。


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