ひとじたない


「うわっ……」

ゴッ

 飛んできたがれきから頭を守ろうと両手をかざした佑馬だったが、がれきの重さと勢いが

かなりあったため、手ごと頭へ持っていかれる。直撃は免れたもののその勢いでバランスを崩し、

真後ろへ倒れこんで後頭部から……今の大きな音はその頭をぶつけた音である。

「佑馬、大丈夫か?!」

「……う〜ん」

 倒れたままでうなっているが、返事しただけまだマシだろう。俺は荒井田の方へ向き直り……

こっちへ走ってくる!?泥棒を見られたからとヤケになったのか、頭から血を流しながら。

俺のほうへ向かってくるなら、ひとまず四季さんを下ろさないといけない。さっきのように

がれきを投げてこなければ間に合う距離なのだが……荒井田は俺に向かってはいなかった。

手にしているがれきも投げてこなかった。

「……七希菜!!」

 四季さんが叫ぶ――そう荒井田は、気を失っている七希菜ちゃんをつかんでこめかみに

がれきを当てている。しまった、佑馬なんかに気を取られてる場合じゃなかったのに……!

「……よせ、そんなことしていいと思ってるのか」

 なだめるつもりではなかったが、彼女に暴力を振るわないように止めようとする。

だが俺が言って聞く相手ではないことも認めたくないがそうだった。

「うるせぇ!!どうせ皆死ぬんだ、俺だって――これだからな」

 そう言って手で頭の血をぬぐってこちらに見せる。あれだけ動けるんだし、あの巨体なら

この程度の出血でも生きてるんじゃないか?とは思うのだが……奴は血塗られた手で

七希菜ちゃんの顎をつかみ(彼女が気を失ったままなのは不幸中の幸いか……)、

顔をまじまじと見てニヤリと笑う。

「どうせ死ぬんだったら……ヘッヘッヘ」

「やめて!!その子は私の娘なの、やめてちょうだい……っ!」

 笑いの意味にいち早く気づいた四季さんが蒼ざめながらも精一杯叫ぶ。それでも荒井田には

聞こえていなかった。彼女たちに悲惨な目を遭わせてはいけない、俺はじりじりと

間合いを詰め寄ろうとした……が、そんなところは荒井田は見逃してはくれなかった。

「おっと来るなよ、お前が飛び掛ってくるまでに殺せないまでも、顔に一生残る傷くらいは

つけてやれるがな。……まあ、どっちにしろ皆死ぬんだろうが」

 ……卑劣な奴だとは知っていたが、自暴自棄のせいで拍車がかかっている。

どうしたら七希菜ちゃんを救えるのか。早く答えを出さないと四季さんが、自分が替わりになんて

言い出すやも知れないが、もちろん却下だ。佑馬は奴の近くに倒れているがすぐに

起き上がれないのか、うつ伏せながら悔しそうに歯を食いしばっている。そして俺には

時間がないっていうのに……

 その時。すぐ近くから足音を聞いた気がして横を見る。それを見て荒井田もつられて……

ぎょっとする。荒井田よりもさらに大きな男が、全速力でこちらに走ってくるのだ。

もしや自分を止めに来た奴かもしれない、そう思った荒井田はそちらに七希菜ちゃんを向け、

「止まれ!こっちは人質がいるん……」

 相手に聞こえる音量で叫んだのは確実だが、その大男の勢いは止らず、まっすぐこちらに

向かってくる。荒井田はたじろいだが、俺も四季さんを背負ったままだったので動けずにいた。

「止まれって言ってるだろ!じゃないとこの娘が……」

 それでも止まらない。大男は荒井田に向かって走っている。

「止まれって……」

 止まらない。もう荒井田の目の前まで来ていた。

「……クソッ!」

 流石に人質に構っていたら自分が危ないとみたか七希菜ちゃんから手を離し、大男に対して

手に持っていたがれきで応戦しようとする荒井田。しかし大男は、荒井田が振りかぶる

その腕を左手で払い、逆の右手でボディブロー!

「うげ……」

 クリーンヒットしたのか腹を抱えうずくまる荒井田。その隙を見逃さず首筋に手刀!

急所を知っているかのような的確さで、外傷も少なく荒井田を気絶させる。大男は一息つくと、

まだ倒れている七希菜ちゃんを優しく抱き上げ、その鮮やかさに舌を巻く俺の方に歩いてきた。

「強そうだと思ってたけど、本当に強いんですね――三樹男さん」

 そう、大男の正体は俺が探していた人物の一人で隕石を落とす人工衛星の製作者の一人、

照下三樹男さんだったのだ。彼は白い歯を見せると

三郎 & 三樹男

「若い頃に少しやっててね。あと、人質を盾にされたときには止まらないのが人質救出の手さ」

 なるほど、一度止まってしまえば「人質の命を優先しなければならない」ということを

認めてしまい、相手の言うままになってしまう。まあ相手が銃とか持っていれば難しいけど。

ともかく、運良くこの場は切り抜けられたと思って、安堵のため息をついた。


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