俺のために


 何気に期末テスト週間が始まっている……DQIVは一応クリアしたのだが、クリア後の楽しみも

残されているのでやりこみたいし、瞳由ちゃんに勧められたあのゲームもやらねばならんし……

さすがに徹夜まではしないが、気が付けば勉強する時間はなかった。だから昨日からはさすがに

ゲームは封印しているのだが――当然ながら遅かったりする。

「テツく〜ん、今日のテストどうだった?」

「ん、ん〜……まあまあかな……」

 今回瞳由ちゃんはかなり出来たのか、嬉しそうに尋ねてくる。ここでゲームのせいでイマイチ、

なんていうと責任押し付けてるみたいで悪いからな……今日の昼飯は食堂でのんびりなんてせず、

コンビニで買ったものを家で食べながら、真面目に勉強すっか……

 

「あっ、テツ君!?」

 正午だというのに既にバイトしているらしい瑠璃絵さん。もしかして朝から来てたり……

正規の店員になれるんじゃ?(笑)まあ他にバイトかけもちしてるからそれは難しいか。多分

猫のライトがいるから楽しいんだろうな。カウンターには「猫はこたつに入ってます(はぁと)」

の文字が。いくら冬だからって……でも本当なんだろうな。

「瑠璃絵さん、こんちは」

「聞いて!この前のオーディション!!」

 そうだ、そろそろボーカルオーディションの1次審査の結果が出るころだ。その言葉を聞いて

思い出したが、その答えは聞く前に瑠璃絵さんの表情を見てすぐとれた。早く結果を教えたい

という嬉しさがあふれ出さんばかりの笑顔だ。でも俺が嬉しくなるには、直接本人から答えを

聞くほうが効果的だ。

「……どうだった?」

「あのね……見事通過したの!!」

 他に客がいないと見たかだろうか、かなりのボリュームで喜びの声をあげる。夢に一歩

近づくと、このくらい嬉しいものなのだろう。

「それはよかった……でも俺は瑠璃絵さんなら通ると思ってたよ」

 他の候補者がどのくらい上手いのかは知らないが、俺が今まで生きてきた中で一番歌が

上手いのは瑠璃絵さんだから、通らないはずがないと思っていた。

「ありがとう!……でも、一次審査通ったのこれでやっと2回目なのよ」

 何十回受けてたったの2回……審査員の耳おかしいんじゃないか?それか声のタイプが

違ってたからとか。まあそれは「俺が審査員だったら瑠璃絵さんを合格にする」ってのと同じだが。

「じゃあ、その1回目は?」

「2次審査で敗退。やっぱり上手な人ばかり残ってたから緊張しちゃって……緊張してなくても

 残れなかったでしょうね」

 俺から見ればいつも余裕を持ってるように見える瑠璃絵さんも、やはり緊張するときが

あるのか……じゃあ今回も?

「今回は……緊張、してる?」

「今は1次が通って嬉しいってことしか考えてないけど……やっぱり2次のときに私の前の人が

 笑顔で出てきたときとか、負けたかなとか考えちゃうかもね」

瑠璃絵

 面談なんかが終わった時はホッとするものだが、それを後の人が見たら「自分はホッと

できないんじゃ……」なんて思ったりするものな。俺も何度かあったり……どうも俺の前の奴は

頭いいのが並んでやがる。今年だって、出席番号1つ前の妹尾はほぼいつもクラス1位だし、

学年でもたまに七希菜ちゃん抜いて1位になることも。ただマシなのはそのことをあまり表情に

出さないことかな。つまるところ無表情なだけだが。

「ところで俺が一緒に行って、効果あったかな?」

 瑠璃絵さんなら一人でも通ってただろうから、もしかしたら一緒について行ったのは

信用してないと思われたかもしれない。あるいは、彼女以上に俺の方が心配してるのかもな……

「うん……テツ君をがっかりさせちゃいけないと思って、気合が入ったよ」

 本当は自分自身のために歌ってるはずなのに、まるで俺のために歌っているようで……

しかし彼女の歌声は、多くの人に聞いてもらうためにあるものだ。だからこそ、この

オーディションは応援したい。

「じゃあ2次審査も……ついていっていい?」

 一瞬の間。考えるというものではなく、さっきの嬉しいときの笑顔ととはまた別の微笑が現れ、

俺の中で時間が止まっていたのかもしれない。

「……お願いします♪」

 

 その後、日にちなどを確かめたりして長いこと喋っていた。気が付けば1時過ぎ、

腹が減ってたのも忘れるくらい……食堂で食べて真っ直ぐ帰ったほうが勉強する時間は

多かっただろうが、これはこれでよかったような気がする。瑠璃絵さんに負けないように、

俺もしっかり勉強しようという気持ちになれたから。


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