敵はマスコミ


 最近俺の周りでコソコソする奴らが増えたような気がする……

 それというのも、その荒井田に殴られて藍子にかばわれた一件のせいだろう。野次馬の中、

涙流してまで俺を守ろうとしてくれたからな……藍子の気持ちは嬉しいけど、それで周りの

やつらにいろいろウワサされるのはヤだな……

 

 食堂で昼飯食ってるときも、なんか視線を感じる……まあ俺はある程度無視できる性質

なんだけど、ことがことなんで気になって仕方ない。このまま騒ぎが大きくなってマスコミ

方面に大きく取り上げられたりなんかして……

「あ、テツ、早いね」

 そんなこと考えてると、いつものように藍子が隣に座ってくるし。そしてさらに皆の注目を

集める。藍子はやっぱり慣れてて気にしてないのか、それともウワサしてほしいのか?

「なぁ……俺たちコソコソ言われてるぞ」

 という俺もコソコソ声で藍子に話し掛けるのだが。

「そうみたいね」

「そうみたいねって……もう少し周りの目を気にしてだな」

「……やっぱり気になる?」

 ちょっとは同意してるような表情で返してくる藍子。でもなんか嬉しそうだな……

前なら芸能人扱いされたくないって不機嫌になってたのに。

「そりゃ……今後どうなんのかな、とか」

「今後は――もっと親密な関係になってるかもよ」

 いやそれ……当事者が言うのかな……というかそれを望んでるのか?それ以前に、こんな

大衆の面前でよくそんなこと言えるなぁ……

「……とにかく、人がいっぱいいる所で一緒にいるのはやめとこう」

「なんで?」

 だんだん藍子の無頓着な態度に苛立ってきた。箸をゆっくりと置き、面と向かって

はっきりと彼女に言う。

「俺はな、マスコミにつきまとわれるような生活はしたくない、だから同じ付き合うにしても

 もちっと人目のつかないようにな……」

 別に人目のつかない所に連れてって何かするわけではない。正直、2人きりの世界に

浸るのもいいものだと思ってた。彼女と会うのはいつも学校――どうしても誰かに見られる。

もし俺たちが付き合うのなら、無茶な願いかも知れんが、2人きりで居たいと思っている。

だが……それを言葉に表せなかったのが失敗だった。

「……じゃあテツは……マスコミから逃げるために私を選ばないの……?!」

 藍子の反論は、叫ぶというよりも、低く唸るようだった。周りの注目がいっそう濃くなった

ような気もした。

「……いや、それは……」

「私は、恋だって、普通の女の子みたいにしたかった。学校で居る時は、それができると

 思ってたのに……」

 涙してるというよりは、期待を裏切られて怒ってるような感じだ。そりゃ泣かれるよりは

マシだが、どっちにしろ気持ちいいもんじゃないぞ……

「その相手が、私より周りを気にしてるなんて……私に『堂々と』恋愛させてくれないワケ?!」

 俺が言葉を返す間もなく、椅子を蹴飛ばすように藍子は立ち上がった。俺と目も合わせず

「……バカッ」

藍子

 といって拳を俺の腕に叩きつけた。そして周りがあっけに見とれている中、早足で食堂を

あとにする……取り残されてしまった俺。

 堂々と、か……もしかしたら藍子は、マスコミに公表したいほど俺のことを思ってくれてる

のかもしれない。それなのに俺は……でも俺の「テリトリー」だって守られる権利はある。

もし親父の漫画があれほど流行らなければ、こういう性格になってなかっただろうな、

まあそれは言っても仕方ないことだが。いっそのこと荒井田があのときバラしちゃえば、

開き直ることもできただろうに……でも藍子を荒井田みたいな奴に渡したくもなかった。

 今のやりとりを遠巻きに見てた奴らは、俺たちがケンカ別れしたと思ってるだろうな……

それは本当なのかもしれないが。とりあえずこれでしばらくウワサも収まるだろう。

彼女にとっても、熱愛発覚なんて報道されるよりは(なんでいつも熱愛発覚って言うんだろうな、

というかまるで俺と藍子が熱愛してたみたいじゃないか……)、プライベートにまでマスコミに

侵入されるということはないだろうし。それに、彼氏がいるアイドルってのは、人気が落ちるって

聞いたことがあるしな…… ともかく、今の俺じゃ彼女の気持ちに応えることができない。

彼女は悪いが、これ以上の関係にはなれそうにない……それとも、俺が考えを改めるべき

なのだろうか……

 さっき殴られた腕の痛みは、強く殴られたわけではないが、今だジンジン疼いている。


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