失言


 高校野球でも観ながらぼけーっとする毎日……ウチの高校は女子ソフトボール部はあるが

男子野球部は無いという変な学校だ。まああの益田が呼びかけてメンバー集めてかけあった

らしいのでできたようだが。そんな熱心なところは認めるが、あおいちゃんをいじめてるのは

感心しねぇし、スポーツマンシップとかに反するんじゃねぇのか……

 と、ふとベランダの外に目をやると、そのあおいちゃんが制服姿で学校の方へと向かっていた。

こんな暑い日まで部活かぁ?多分料理の方だろうが……いくら学校が開放されてるからといって、

材料の費用とかバカに出来ないんじゃ……

「あおいちゃ〜ん」

 気になって、ベランダから声をかけてみた。彼女には聞こえたようだが、どこからかは

わからず首を回して探している。

「上だよ、左側のマンションの4階」

 詳しく居場所を教えるとすぐにこちらに向いてくれた。視線が合うとぺこりとおじぎをする。

「これから部活?大変だねぇ」

「……特訓……恵理さん……」

 セミの鳴き声もあるし彼女も小声なのでよく聞き取れなかったが、不吉な単語が2つほど

聞こえたのでもっと詳しく聞きたくなった。

「俺も行っていいかなぁ?」

「……どうぞ……」

と口の動きではそう言ってるようなのだが……とりあえず外出する準備をして――制服は面倒

だからいいだろ、俺が部活するんじゃないし。暑い中長く待たせないので急いで外に出た。

 

「料理の特訓をしてくれると恵理さんがおっしゃっていたので……」

 さっきの台詞を近くでもう一度言ってくれた。しかし特訓って……

「他に来る人は……」

 やな予感がして先を言うのをためらってしまったが、あおいちゃんはそれを察してか、

先に首を横に振った。そんなことだろうと思ったけどな……二人でやるんだったらどっちかの家で

やりゃいいのに、学校でやれば部費からだせるということか、ちゃっかりしてるよな。

しかし益田のことだから、誰もいないところでいじめてやろうと思っているのに違いない。

「やっぱ俺もついてってやるよ、また益田何やるかわかりかねないし」

「恵理さんは……優しいですよ……料理教えてくれるんですから」

 あおいちゃん甘すぎ……ふと彼女の鞄を見ると、俺があげた球体(二代目)がぶら下がっていた。

やっぱちゃんと付けてくれてるようだな。その俺の視線に気づいてか、

「サテル……ありがとうございます」

 この前お礼してくれたのに律儀にもまたお礼。それにしても、サテルって名前……サテる、

喫茶店に行くの「茶店る」、じゃあるまいし……

「サテルってどういう意味なんだ?」

 名前に意味があるの?って質問自体に意味をなさない。「何で犬は犬っていうの?」と同じだ。

さらに「テツって漢字にどういう意味が?」って聞かれるのはつらい。「口数が多い」って意味

らしいけどな……

「……弟の……正輝から……」

 まさてる、だからサテル、か。しかし人形に自分の弟の名前付けるもんかなぁ、俺が人形に

妹の名前つけて持ち歩いてたら、それこそ怪しいってもんだが。

「へぇ、あおいちゃん弟いるんだ」

「…………いいえ……」

 ……なんか矛盾した答えが返ってきたので思わず突っ込んだ質問をしてしまった。

「いや、今弟から名前とった……って……」

 言いかけて、あおいちゃんの表情が見たことも無いような、辛く悲しそうな顔をしていたので

口を閉ざさるを得なかった。「弟『いる』んだ」の否定ということは……何となく答えはわかった

ような気がした。彼女自身にそれを答えさせるには忍びなかったので、今度は俺が先に謝った。

「ごめん……忘れて」

あおい

 しばらく二人とも口を利けなかった。俺は母さんが死んだのは幼くて覚えていないからまだ

いいが、あおいちゃんの場合はそうではなかったのだろう。もしかしたらそのショックのせいで、

このような性格になったのかもしれない。なぜ球体でなければならないのかは知らないが、これを

弟の代わりと思ってささやかな幸せを取り戻そうと思っていただろうに、俺が鈍感なせいで……

 そのまま学校までついてしまった。何か声をかけなければとは思ったが、また不用意な言葉で

彼女を傷つけてしまってはいけないので、俺からは何も言い出せない。益田でもいいから、この

状況を変えて欲しいと思いながら、二人は調理室へと向かった。


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