試写会


 おとといの金曜日。

「てっちゃ〜ん♪」

 学校の食堂で昼飯を食っていると、お盆を持って山藤が隣に座ってきた。いろんな意味で

もう慣れたよな……

「もうロケの疲れは取れたみたいだな」

 彼女主演の映画のロケ終了後、熱を出して休んでいたのだが、2日後にはもう登校していた。

「そう、そのことなんだけど」

 お盆をテーブルに置くと、ポケットから紙切れを取り出した。よく見ると映画のチケットの

ようだがもしや……

「『奇跡の隕石(いし)』の試写会会場の入場券。あさってなんだけど」

 前から誘われていたから心の準備はできていたが、手渡されたチケットを見てみると、当然かも

しれないがここの県ではなく。行けない距離ではないが面倒だな……

「別に試写会でなくても、封切りされたときに観るって」

「えー、早く観て欲しいのに〜」

 学校では仕事のことは言わないんじゃ?とは思ったが、それほど自分でも満足した演技が

できて自信があるのだろう。

「しょうがねぇな……」

 結局承諾してチケットをポケットにしまい込む。それを見て山藤は嬉しそうな顔を見せた。

 

 で、当日の日曜日。

「……疲れた……」

 朝早くから数本電車を乗り換えて会場までやっとたどり着く。ちょっとは正装した方がいいと

思い着てきた服は着慣れてなくて余計に疲れる……服のセンスは自信無いほうなのでもしかしたら

変なコーディネートかも知れんが、今さら仕方がない。入り口の係員にチケットを渡して建物の

中に入った。

 異様に寒く感じたのは、まだ外が暑くて汗をかいていた体で、冷房がよく効いたところへ入った

からだろう。試写会が行われる部屋には既に多くの人が椅子に座って待っていた。前の方が開いて

いたが、ここは映画関係者が座るところだろう。俺は後ろの方の席を選んだ。

 しばらく待っていると監督や出演者が舞台上で挨拶。山藤は……やまふじあいこは、既に仕事の

顔をしていた。これってある意味本性を隠してるって思うのは俺だけだろうか……?

 そして彼女らが席に座ると照明が落ち、いよいよフィルムが回る。映画館で映画なんて

久しぶりだし、しかも邦画なんて見るのは初めてじゃないだろうか。ほとんどハリウッド映画とか、

アニメくらいだ。とりあえず眠らないように、な……

藍子

 

 映画が終わった。みんなにつられて俺も拍手する。最後まで眠らなかったのは、眠りそうな

ところで大音量が響いたおかげだが。感想は……内容をあんまり詳しく言うとみんなが観るとき

つまらなくなるからやめておくが、まあハッピーエンドでよかったんじゃないかな。それに

(やはりと言うべきか)やまふじあいこの演技は一番冴えて見えた。まあ観に来たかいはあったな。

 でも……ひっかかる点が1つだけあった。山藤に直接聞きたかったが、終わりの挨拶をした後

舞台裏へ引っ込んでしまった。まあ今話すのは無理があるだろう。俺も帰ることにした。

ゲーセンとかものぞいてみたかったがどこにあるかわからないし、迷いそうになりそうだし。

結局試写会だけのために遠出したのであった。

 

 その日の夜、携帯電話をかけてみた。出ないかも知れないと思ったが、応答はあった。

『今日来てくれてたよね、ありがと』

「それでさ、気になることがあるんだけど……」

『なに?』

「あの台詞、無かったことないか?『私との出会いも』とかいうやつ」

 この言葉がどうも忘れられなくて、というのも試写会に行く気になった理由かもしれない。

しばらく間があったあと、残念そうに山藤は言った。

『カットされちゃったの、脚本家の人が「男の子の片思いで、私はそれに気付かない」設定って

 決めてるからだって』

「そっか、そりゃ仕方ないよな」

『そうかな、普通って男の子の方が鈍感だと思わない?』

 それは人それぞれだと思うのだが……つーか山藤は鈍感じゃないと言い切れるのか?

まあそうじゃなけりゃそんなことは言わないだろうが。

「いや……男の俺に尋ねられても何とも言いがたいんだけど」

『きっとてっちゃんも鈍感ね』

 呆れたような声に俺も言い返そうとしたが、それって……

『じゃ、明日も早いから。お休み〜』

「え、あ、おう……」

 結局何も言い返せないまま電話を切られてしまった。また別の言葉が忘れられなくなって

しまったじゃないか……


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